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日誌・33 殺し合う代わり(R18)
雪虎の表情は、意地が悪い。それでもやはり憎めそうになかった。
どうしても、悪感情を抱けないまま、
「最、後?」
ぼんやりと雪虎を見上げながら、オウム返しに、大河。
「うん?」
やはりまだ、舌足らずになる声を、それでも拾ったらしい雪虎は首を傾げ、
「そうだな、何をもって終わりにすればいいかが分からないと不安か。だったら」
やはり、信じられないことを提案した。
「御曹司の身体が、…奥を突かれるたびに」
奥、と言いつつ、雪虎はそっと大河の腹部を押さえ、
「潮吹くようになったら、卒業―――――これでどうだ」
一度、ぼんやりと聞き流し、直後。
大河の顔に、怯えが走る。思わず、首を横に振った。だがやはり、動きは弱い。子供がいやいやをするように、力なく頭が揺れ、髪がシーツを叩いた。
そんなの、身体がどう変わるか分からない。
薄く笑った雪虎が身を起こした。彼の姿が視界から消える。
ここは、…とんでもない提案をした相手が離れてくれたことに、ホッとすべきところだ。なのに。
刹那、大河は心細くなった。
雪虎の動きを追うように、慌てて目を動かす。
その動きを押しとどめるように、
「まあいきなりは難しいわな」
冗談半分の雪虎の声が、少し離れた場所から聴こえた。
「なら、射精無しでイけるようになったら解放してやるよ」
今度は何を言われたのか。一瞬、大河は理解できなかった。が、
「な」
すぐ、絶句。
射精なし―――――即ち、ドライオーガズムのことか? ますます未知だ。
知識では知っているが、自分の身に起こるとなると想像の範囲を超える。どう反応すべきかもわからない。
と言うか、その言葉を他人事としか脳は処理しなかった。
ベッドが軽く弾んだ。どうやら、雪虎がベッドから降りたようだ。
続いて、腹になにか柔らかな布がかけられる感触。毛布か何か、だろうか。
「なんだ、これもダメか。…なら、お互い死ぬほど気持ちよくなれたら合格。それで殺し合う代わりにしようじゃないか」
台詞も口調も、どうでもよさげだ。だんだん、その声が遠くなる。
ベッドから降りて、雪虎は大河から離れているようだ。だが、逃げようにも大河の身体には、まだ力が入らない。一番悪いことには。
逃げようと、欠片も思わないことだ。
今、自分の身に起きていることが悪いことだと、大河に感じられないのがいけない。
しばらくして水音が耳に届いた。
次いで、カーテンが引かれる音。
間髪入れず、電気がつけられ、眩しさに目を閉じた。そこで、気付く。いつしか、陽が陰っていたことに。
その上で、電気をつけられたということは。
大河の裸の細部まで、丸見えと言うことだ。自覚するなり。じわじわと耳まで熱くなってきた。
パタン、と言う音が何回かして、扉が開閉される気配がする。合間に、
「にしても、どうして御曹司はここのバカどもの宴に潜り込んだ?」
雪虎が尋ねた。単なる世間話にしては、声がどこか、冷たい。
「お利口な優等生が、クスリに興味があったとも思えないな」
探られている。当たり前だ。
大河をここに連れてきた相手にしたって、興味があると言う大河の訴えを丸ごと鵜呑みにしたわけではないはずだ。手引きした、さやかとて。
どう言うべきにしろ、雪虎の質問に答えるのが先。大河とて、それは分かっていたが。
「…あ、なた、こそ、―――――どうして」
自分の考えを口にするより先に、本当に興味のある質問の方が先走ってこぼれ落ちた。
「僕の、弱味を握りたいんですか」
雪虎から、言葉での答えは返らない。
沈黙がいたたまれず、利口ではないこの時の大河は、さらに直接的な言葉を続けた。
「そんなに、ここを守りたい、ということは…首謀者は、あなた、ですか」
は、と息で笑う気配がすると同時に、カキ、とペットボトルの蓋が開く音。
「ふん、首謀者、な」
何か、得心がいった、と言う口調。次いで、ベッドが軋んだ。
雪虎が、戻ってきたのだ。
そのことに。
不思議なほど安堵した、矢先。
当たり前のように、さきほどかけられた毛布が跳ねのけられる。
かと思えば、暖かく湿った布の感触が頬に触れた。軽く拭われる。
そのぬくもりが離れた、と思った時には、水音と、タオルを絞る気配がした。洗面器が近くにあるのだろうか。
今度は、布が腰回りに当たった。どうやら汚れを拭っているらしい。
雪虎の手つきに、いやらしさはひとつもない。
どちらかと言えば、子供の面倒を見る大人の手つきだ。
にもかかわらず、その感触にすら感じる息を吐きだした自分が、大河は嫌になった。
「お前の狙いはそこか。金持ちのガキどもがバカやってる宴の裏―――――そこにいる黒幕」
その口調に、大河は察する。雪虎は、…知っている。ここで、何が起こっているのか。
だが、同時に。
なにもかもを突き放す口調は、客観的すぎて、宴の主催者とも、黒幕ともいっさいのつながりが見いだせない。
むしろ、映画の観客めいた立ち位置を、彷彿とさせる。
だと、して。
―――――雪虎は、この事態に、どう関わっているのだろう?
「意外だな。…正義の味方でもないだろうに」
雪虎は冷静に、当たり前みたいに大河の一面を言い当てた。
すぐ、気を取り直した態度で、熱を持て余す大河の身体を上半身だけ抱き起す。
そのまま、大河の唇にペットボトルの口をつけた。
「そら、飲めるか。…飲めない、か。――――仕方ないな」
雪虎が、ペットボトルを煽る気配。次いで、
「…っん」
唇に柔らかい感触。口づけられた、と思った時には。口の中に、―――――冷えた水が。
飲み下しながらも、大河は戸惑う。…なんだろう。この、面倒を見慣れた感じは。
セックスの最中に脱水症状なんて笑えないだろ、と笑って言いながら、雪虎。
「おい、御曹司」
ある程度の量、雪虎から与えられる水を大河が嚥下したところで、
「情報が欲しいなら交換条件と行こうか」
唇をすり合わせながら喋り、合間に悪戯を仕掛けるように、ぱくりと大河の唇にかぶりつく。上、下、と甘噛みしながら、大河の胸に指を這わせた。
「おまえがきちんと俺の質問に答えたら」
大河の胸の突起を、いたずらに、く、と上へ押し上げる。次いで、ひっかくように左右に弾かれた。大河の肩が跳ねる。
微細だが、腰をも貫いてくる刺激だ。次第に、息が弾み出す。
ただ、雪虎はすぐ指の動きを変えた。今度は、
「俺もおまえの質問に答えてやる」
大河の乳輪を、円を描くように指先で柔らかく何度も辿られる。中心の肉芽…乳首を押し出すように。
それを繰り返す最中に、唇をぴったりと合わせられた。そのまま、舌が口の中へ差し込まれる。
ねっとりと口腔内を舐られた。舌を絡められ、強く吸い上げられる。
この間。
下半身は放っておかれたというのに、衰える兆しもなく、体液をふりこぼしていた。どころか、触れられない分、いっそう熱をこもらせている。
ちゅ、と軽い音を立てて、雪虎の唇が離れた。
はぁ、と感じ入ったような息を大河が吐くのをよそに、じっくり味わうように、雪虎は舌で大河の唇を舐めあげる。
「…あぁ、気持ちいいな」
心の底からうっとりと雪虎が言うのに、耳から犯される心地になった。
どうも、いけない。
もっと、モノのように扱われるのなら。
たとえば、さっき、集団で大河の服を脱がそうとした相手など、男も女も、少しばかり出来のいい人形でも扱うような手つきだった。
ああいう態度で扱われたなら、こうも、身体の奥まで引っかかれるような快感など、湧かなかったはずだ。むしろ、気持ち悪くて。なのに。
雪虎は。
大河の快感を、慎重に掘り出す手つきで触れてくる。それはまるで、大事な宝物でも扱っているとでも言いたげな仕草で。
雪虎の思うままに操られ、声を上げているようなのに、半面、舞台の主役にされているような、そんな心地になる。
「もっと続けたいが、そろそろ口を開放してやるよ。だから、話してみな」
また、背をシーツに戻した大河の耳朶に唇を寄せ、雪虎が囁いた。
「お前の目的」
言われても、すぐに何の話か思い出すのは厳しかった。
快感を追うので手一杯だった大河の記憶からは、さきほど雪虎が言った交換条件が、すぽんときれいさっぱり失せていたからだ。
ただでさえ今は、頭の回転が鈍いのだ。
熱い吐息と共に、雪虎の舌先が耳の中に入り込んだ強烈な刺激で、やっと交換条件のことを思い出す。
「…ここのっ、集まり、で」
息を呑みながら、どうにか回り切らない舌で言葉を紡げば、
「ここの、集まりで?」
耳元で囁くように、雪虎。息が鼓膜を震わせる感触がたまらない。思わず顔を背け、
「そ、こで…、話さない、で」
「なら舐めてるから、―――――ほら」
耳の穴にまた舌先を入れ、続きを、と雪虎が促してくる。鬼だ。
「ヒトが、…消えている…で、しょう―――――ぃあっ」
一方で、雪虎の両手がいきなり、大河の左右の乳首を摘まんだ。
ぎゅうと指の腹の間で肉芽を圧し潰す。とたん、大河の背に、さざ波めいた快楽が走った。
腰が震え、陰茎の先端が、ぬるい体液をわずかにふきだす。
気付いているだろうに、雪虎は何も言わない。大河の言葉に驚いた様子もない。知って、いるのだ。彼は。
しかし雪虎は何も言わず、執拗に、大河の耳の中を舌先で犯し続ける。濡れた音を、わざと上げて。かと思えば。
「…おそらくは、商品となった、―――――そのひとたちの、移送手段、に」
固くしこった胸の粒を、一方でこね回し、一方で強く引っ張られた。
「ぁ、はあっ」
ぎく、と大河の身が強張る。ずしり、一瞬、腰が重くなったような心地がして、ついで、反射じみた動きで、腰を突きだすように跳ね上げた。
…自身の身体なのに、制御できない。
思わず雪虎の背に、震える手でしがみつきながら、悲鳴じみた声で言葉を続ける。
「御子柴の、船が、使われ…!」
「―――――へえ?」
恫喝に似た物騒な声が、突如、耳の中へ押し込むような形で放たれた。刹那。
頭の奥が痺れる。
そこから問答無用で雪崩落ちた快楽が、猛烈に、腹の底で限界まで疼いていた性感の急所を打ち付けた。
「あ、ん…っ」
痛いくらい張り詰めていた大河の先端が、今度こそはっきりと体液を噴き上げる。
触れられてもいないのに、吐精した自身に、大河は呆然となった。
しかもそれは、一度では終わらない。
声も出せないまま、尻をシーツの上に落とす前に、また腰を突きだす格好で射精。
「それは、初耳だったな。…ふぅん?」
雪虎は低い声で呟きながら、大河から顔を離す。
そのまま、犬でも褒めるように大河の頭を少し乱暴に撫でた。
触れられてもいないのに吐精した大河を褒めるように。
その撫でられる感覚が信じられないくらい、また気持ちがよかった。
内腿が震え、また体液が敏感な場所から吹き上がる。
初めての体験だが、快感もここまで強烈になってくると苦しい。狂ってしまうんじゃないかと思う。身体の方はもうきっと狂っている。
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