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日誌・42 祖の物語(R15)

少なくとも、今も残る現実は。 御子柴家という一族の繁栄。 御子柴は、その僧侶と妖の血を引くと言われている。 妖、と呼ばれた者がどういう存在だったかは知らない。 が、御子柴家が存在する以上、少なくとも、血と肉を持った存在だったに違いない。 本当は、ただの人間で。 ほんの少し、変わった空気を周りにもたらすだけの、…そういった、普通の人間だった。 そう考えた方が、しっくりくる。 目にこそ見えないが、周りを幸せにしたという妖の資質は、御子柴に受け継がれている。 御子柴の直系たる者が他者から過剰に愛され執着されると言う資質が、それだ。 周りを幸せにするから愛される。 これこそが、祖から連綿と受け継がれる神の血の顕現と、御子柴に古くから心酔するものは言う。 だが―――――どうだろう。 周囲にとっての幸せが、本人にとっての幸せとは限らない。それこそ、神でなく、人間である以上は。なにより。 人間にとっての、幸せの形すら、今ではひどく歪んでしまった。 ―――――当の、御子柴家の精神が、歪んだからだろうか? かつて大河は、大学で起きた行方不明者の事件に御子柴の船が使われていると知って、調査に乗り出した。 それは指摘通り、正義感ではない。道徳心でもない。 ならば一体、なんだったのだ、と。 結局、雪虎たちは聞かなかった。 分かっていたからだろう。 大河をはじめ、御子柴家の人間は単に、許せなかったのだ。 ―――――勝手に御子柴の財産を使い、私腹を肥やした存在が。 そう、たった、それだけの話。 もし、事前に相談があったなら、…どうしたろう。 ともすれば、協力したかもしれない。 幸か不幸か、そんな事態は起きなかった。 関わった者たちと御子柴家が手を組む前に、大河はさやかたちの手を取った。 「まだ、気絶するなよ、御曹司」 現実の雪虎が、一瞬気が遠くなった大河にやさしげな声をかける。 力の抜けた大河の身体をベッドに横たわらせると、雪虎はベッドから降りた。 彼の姿を目で追いながら、月杜家の御伽噺を思い出す。 確か、御子柴の祖であると言う妖と似た存在が、月杜の祖の物語にも現れる。 ―――――誰からも愛された娘。 全く似ていない大河と雪虎に、何か呼応するものがあるとすれば、それらの存在を祖に持つところだろう。 ―――――だからこそ、無視できないのか。大河は、雪虎を。 では雪虎は、どうか。 ―――――実際のところ、雪虎は。 大河と関わることは、未だ綱渡りの感覚でいる。 それは、ただの顔見知りに過ぎなかった頃からだ。 さやかを送ってきた大河を見るなり、総毛立った。 コイツは、ヤバい。 雪虎は咄嗟に、さやかを身体の影に回して庇うように動いていた。 平和そのものの羊の群れが通う大学の中に、悪魔が一匹混じっているような、違和感。 大河は、見た目も性格も間違いなく極上―――――なのに、汚泥のにおいがする。 誰からも羨望の眼差しを向けられる、容姿・性格・家庭・頭脳を持ち合わせた男で。 いつも大勢の友人の輪の中でやさしげに笑っているのに。 その上品な姿と物言いで、平気で他者を追い落とす。 ―――――大河に、気に食わないと思われたら、もう後はない。 一見どこまでも寛容なのに、ある一線を越えた途端、大河はたちまちわずかの間違いも許せなくなるような狭量さを見せた。何かが妙に、歪んでいる。 実際、学生の頃、大河から追いやられ、破滅した学生を、雪虎は何度も見たことがあった。 たとえば、大河を見るたび、すり寄っていた派手な女。 遠くからストーカーめいた勢いで大河の行動・嗜好を記録し、盗撮に励んでいた女。 とにかく頭が回らず、だが目立つ言動で衆目を集め、場を掻き回していた男。 勉強だけはできるが、常識知らずで他者への思いやりに欠ける坊ちゃん。 彼らは穏便に、…実に静かに、だが徹底的なほど、大河の周囲から冷酷に排斥された。 そう、…周囲から、だ。ここが、非常に巧妙だ。 大河は決して、自分から直接の行動には出ない。 彼は、実力行使に出たわけではない。 怒りや憎悪をぶつけたわけではない。 だが、大河が皆の前で困ったように遠回しのネガティブな発言を一つするだけで、―――――面白いほど周囲の反応が変わるのが、見て分かった。 それを知っていて、大河は巧妙に表情を作り、声音を変え、タイミングを見計らって、発言する。 彼特有の話術と言えるもの。自身の優位さは失わず、そのことで、さらに相手を追い詰める。 ターゲットは、決して、そこに大河の意思が関わっているとは想像もしないに違いない。 徹底した容赦なさは、雪虎の周囲にありふれているクズどもの行動と同じだったが、大河の場合は品ある冷酷とも言えるもので、何かが違った。 ベッドから降り、雪虎が振り向けば、大河はじっと彼の動きを目で追ってくる。 上気した頬や潤んだ眼差しは、見る者が見れば、一瞬で胸を鷲掴みにされる色気に満ちていた。 だが雪虎の目には。 ―――――獲物の喉笛に、いつ食らいつくかを考えている猛獣と同じに見える。 少なくとも、今は従順でいるつもりのようだが。 それがいつまでか。 素知らぬ振りで、雪虎は手を伸ばした。大河の頭をなでる。 応じるように、大河が無防備に目を閉じた。 子供のような、態度ではある、…が。 撫でてくる手に、仕方がないな、と野性の獣が譲歩している、というのが、真相に近いだろう。 いくら身体を重ねても、主導権は決して、雪虎にはない。 ―――――さあ、今日はどこまで許されるかな。 頭の片隅でそんなことを考えながら、雪虎はベッドのわきに立った。 自身のベルトを外しながら、 「…四つん這いになって、膝を床へ下ろせ」 大河に動くよう促す。 億劫に身を起こした大河は、脚を床へ下ろした。そして、膝をつく。 後ろにいる雪虎へ、尻を突き出す格好で。 大河の足に、中途半端に引っかかっていた衣服は、下着ごと、雪虎が手ずから脱がした。 それを備え付けの椅子の背に引っかける。 こんな場合に、できるだけしわにならないように、と咄嗟に配慮してしまうあたりが、雪虎の性格だ。 その上で。 雪虎は大河の尻肉を片方、外へ押し広げた。 そのまま、しっかり咥え込まれたアナルプラグを、邪魔者を始末するように引き抜く。コルクの栓でも抜くような音が上がった。 「…ふっ」 声を上げた大河が、ベッドに縋る。その手元で、シーツにしわが寄った。 大河の今の格好はと言えば。 上はしっかりとスーツを着込んでいるのに、下は靴下だけだ。 大河のような男には、屈辱的な姿だろう。 実際。 ベッドの足側に配置された鏡に映る大河の横顔を盗み見れば、羞恥と屈辱をこらえる表情を浮かべている。 にもかかわらず。 経験上の話だが、雪虎の前でそのような姿を見せることを、大河は悦ぶような節があった。 もちろん、本人は否定するだろう。侮蔑の目で見てくるかもしれない。ただ。 (身体の反応がな…) 雪虎は、すっかり膨らんでいた自身にジェルを塗りつける。先端を、大河の後孔の縁に押し当てた。 孔の皺をくすぐる。そう、すると。 叩かれた尻ばかりか、後ろから見える大河の耳や、襟に半ば隠れた首筋が、赤みを増した。期待するように。 実際、期待はしているのだろう。これから得られる快楽を。 「ああ、そうそう」 ただ、それでは罰にも何もならない。 雪虎は、いっそ冷たいと言える声で続けた。 「今日はゴムなしで挿入れるから」

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