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日誌・46 支配されたい(R18)

存在を思い出した時にしか食べ物や小銭を子に与えない母親のもとにいたさやかは、実際、いつ死んでもおかしくなかった。 住んでいる場所が場所だったため、気付き、気に掛ける大人もおらず、唯一さやかを気にしていた雪虎は子供で、然るべき施設に連絡するという手段も思いつかなかった。正確には、知らなかった。 その上、気軽に相談できる大人も居らず。 で、ある以上。 雪虎は、自分の手でできるだけのことをしようと動いた。 今思えば、あまりに拙く、愚かだ。 さやかのことを考えれば、大人を頼るべきだった。 それでも、必死だった。子供なりに。 一番必要だったのは、食事だ。 だが、雪虎の家の食事と言えば、カップ麺や出来合いのモノばかり。母・多恵子は仕事の残業が多く、料理をしない人だった。 これらを、自身だけならともかく、守ってやらなければならない小さな、さやかという存在に、あげていいモノとは思えなかった。 小学校に上がる前の、幼い雪虎が料理に興味を持ったのは、そんな理由からだ。 学びたいと思えば、情報はそこら中に溢れている。 テレビや本、ネットから情報を拾い集めたが、雪虎は家で料理をするわけにはいかなかった。 なにせ、父に知られたら「母さんの食事がそんなに不満か」と叱られ、母が知れば「そんなに私のすることはだめなのか」と泣いて責め立てられるのは目に見えていたから、親に隠れての行動だ。大体、子供に包丁など持たせてもらえる家でもなかった。 金もなければ、親にばれるわけにもいかない。 八方塞がりで、途方に暮れた雪虎は、それでもさやかの状態を見るに見かねて、ようやく、ある大人を頼った。 ―――――月杜の先代だ。 どうしてか、彼が雪虎に甘いことは、会うたびに気付いていた。 だから、ダメもとで直談判したのだ。 この時初めて、雪虎は大人を頼った。 結果は、予想以上に好感触だった。子供二人の食費くらい面倒見るよ、と軽く言ってくれた。 その上で、人目につかない離れの台所を使わせてもらえることになった。 本当は使用人に食事を作らせようとしたようだが、すべての面倒を見てもらうことが、雪虎に抵抗感があった。それとも、意地だったろうか? 結局、先代は雪虎の意思を尊重してくれた。 ただし、包丁や火を使うのは、大人の目があるところで、という条件があって、忙しい中時間を作ってくれる先代と共に、よく食事をした記憶がある。 料理は最初から上手にできたとは言えないが、さやかや先代が美味しいと反応してくれるのが癖になり、腕は上達した方だと思う。 割に合わない役目を押し付ける形になった先代に、雪虎はきちんと恩返しするつもりでいたが。 何もできないでいるうちに、彼は亡くなってしまった。 このような事情があって、巴は雪虎と同時にさやかの面倒も見るようになったのだ。 そのうちに、さやかは成長するにしたがって、自分の容姿が武器になることを知った。 その上で、情報の利用方法を覚え、他者の追い詰め方を覚え、男の誘惑方法を覚えた。 巴の死後、さやかがどのように生計を立てていたかと言えば、男が自分に落とす大金を利用してのことだ。 さやかはそう言った自身の過去を、隠すような真似はしない。 隠せば弱みになるから、と。 よって、さやかを娼婦と。陰口をたたく者が多いのは事実だ。 ただそれを知っても、御子柴の両親は彼女を息子の嫁に選び、さやかは堂々と今の地位を勝ち得ている。 かつてさやかは、売春こそしたことはないが、利用できるものはとことん利用した。 そうして疲れたら、雪虎のところへ戻って休むのだ。 さやかにとっては、雪虎のいる場所が彼女の実家で。 雪虎にとっては、さやかが唯一の肉親のようなものだった。 だから雪虎は、機会があればさやかに、家に寄れ、と声をかけてきた。 そういった事情から雪虎とさやかの間には、血のつながり以上に濃い絆めいたものがあって、そのためか、互いに異性として見ることが、…どうもできない。 だが。 雪虎は眼下で震える、スーツの背中を見下ろした。 (…好みみたいなものは、似てるのかもな) 先ほどから。 繰り返し突き上げている間に、既に大河は幾度か達している。 腕の拘束は解いているが、揺さぶられ、衝撃を受け止めるので精いっぱいなのか、もう前を自分でいじろうとはしていない。 眉が苦しげに寄せられているが、それでも、表情は蕩け切っていた。 一見、優しげなくせに、いつもどこか他人を突き放すような冷酷を宿す大河の目が、かすみがかったようになっているのに、雪虎は舌打ち。 「おい、寝てんじゃねえぞ」 ぐっと雪虎は身を乗り出す。拍子に、イチモツが大河のさらに奥を突き上げた。 「ひ」 目を瞠り、しなった背中が本能で、逃げようと動き出すのに、 「逃がすわけねえだろ」 雪虎は荒く告げ、ぐっと大河の上半身を持ち上げた。 結合部はそのままに。 雪虎はベッドの上に乗り上げ、胡坐の上に、大河を座らせた。 鏡台と真正面から向き合う形になったことに、大河は気付いているのかいないのか。 自重で雪虎のモノを飲み込む姿勢になった大河は、 「あ、ぁ…っ!」 その衝撃で、達した。 腹の中の雪虎を、強く締め上げてくる。とうとう、雪虎も息を詰めた。 直後、―――――大河の中に納まった雪虎自身が、びくびくと跳ねる。刹那。 大河の内側が、濡れる感触。―――――雪虎が、放ったのだ。 「…あ、」 既に何度も達していた大河は、放心したような声を上げる。 女性のように孕みはしないが、精子を中に放たれる、ことで。 根っこから、男のモノにされた感覚があった。まともな貞操観念があるわけでもないのに。 もちろんそんなもの、気のせいだ。 中に種をまかれたからと言って、実を結ぶものなど何もないのだから、心まで征服された心地になるのはおかしい。犯された処女でもあるまいし。 そう、思うものの。 男としての自尊心が容赦なく叩き折られた。 まともに考えれば、惨めな気持ちになるはず、―――――なのだが。 力づくで屈服させられたようなこの状況が、妙に、…大河には、心地が良かった。 大河の中の男は、敗北感と屈辱に、傷だらけになっていた。 だが、女のような部分もあって、それらは嬉々として雪虎の行いを受け入れている。 ―――――もっと、と喜悦の声を上げて叫ぶのは後者だ。 大河は、自分で自分が分からなくなる。 それとも。 こんな風になるのは、普段、御子柴の跡取りとして、振舞い続けているせいだろうか。 もちろん、支配に疲れたことなどない。むしろ支配者であることは心地がいい。 が、たまに変わった欲求が大河の腹の底から頭をもたげる。 ―――――支配されたい。隷属したい。捧げたい。 それらはすべて、大河の中にある、はじまりの欲求―――――愛したい、という欲望に含まれている気もする。 虚脱したような、満たされたような妙な感覚に、ぼんやりする間もなく。 「や…っ、待って、くださ…!」 大河は思わず、悲鳴のような声を上げた。 一度放ったからと言って、雪虎は止まらない。 待ってくれと言いながら、突き上げてくる雪虎の動きに、大河はかつてないほど従順に従った。 中に放たれたのは、初めてだったが、…そのせいか、中の滑りがいい。 なにより、結合部から上がる粘着質な音が、耳を塞ぎたくなるほど派手になる。 結合部がぶつかり合うたび、淫らな体液が、細かな飛沫となって、シーツに散っていた。 「あー…、はは」 必死で動きについて行っているうちに、背後で雪虎が意地の悪い声を上げる。 「な、自分で、腰振ってんの、…実際、見て、…―――――どうだ?」 …見る? 雪虎が与えるものだけを必死に拾い上げて、目の前の光景にまったく意識を向けていなかった大河は、ここではじめて。 真正面にある鏡に気付いた。 そこに映し出された自身の姿に、言葉を失う。 下半身は丸出し。 大きく開いた足。 着込んだスーツを乱された上半身。 シャツの間から覗く、色づいた乳首。 突き上げられるたび、半端に立ち上がった陰茎が上下に揺れる。 そして意志の力ではどうしようもなく、淫猥に腰がくねっていた。 「ぃ、や…だ…っ」 大河は顔を背ける。 肉体すべての動きが雄に対する媚びに満ちていた。 みっともなさに、大河は呻いたが。 雪虎は満足そうに笑って、 「ああ、その表情、…いいな」 大河の前へ手を伸ばす。 今日初めて、触れられる感覚に、大河の身体が跳ねた。 「ご褒美、だ…しっかり、味わえよ?」 直後、強く扱き立てられ。 すぐ、今、自分がどんな反応を見せているか、そんなことはどうでもよくなる。 そこが切ないんだ、と雪虎の手に自分から前を押し付けるようにするなり。 ―――――快楽を追う以外、大河は何も考えられなくなった。

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