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日誌・61 手錠(R15)

× × × ―――――抵抗しない。 と、恭也は言ったが。 もともと、恭也は抵抗などしない。問題は。 …別にある。 だから雪虎は、提案しなおした。 ―――――勝手に動かないと約束するなら、…いつもの遊びを始めよう。 そう。 交わる最中、恭也は積極的に行動する。 淫蕩に。唆すように。誘うように。 それが悪いとは言わないが。 雪虎の眼差しに本気を見たか、一瞬、恭也はきょとんとして。 ―――――トラさんはまぐろが好きなの? どこでそんな言葉を覚えてくるのだろうか。 いいけど、と恭也は雪虎の返事も待たず、見せつけるようにスラックスを下着ごと脱いだ。 おそらく、恭也は。 それが、自分にとって、どれほどの拷問になるか、予想の一つもしていなかったはずだ。 そして、現在。 「ん…ぅ」 耳元で、恭也が切なげに呻いた。 シートに背を預け、両足を投げ出した雪虎の腿の上。 雪虎と向き合う格好で跨いだ恭也が、雪虎の首にしがみついている。 その、日本人にしては白すぎる肌は、ほんのりと赤く上気して。 息が、時に上ずる。 「…ぅ、ね、トラさん…」 囁きと同時に、誘うように、恭也の肩越しに見える尻が淫猥にくねった。対して、 「まだだ」 雪虎は冷静に答えた。 ローションでぬるつく恭也の尻肉を指先でやんわり揉みしだく。 一方で。 奥のすぼまりに両手の中指を、第一関節まで埋めた。そのまま、ゆっくり引き抜く。 かれこれ30分以上、焦れるほどゆっくりと、出し入れを繰り返すだけだ。 入り口付近だけを、しつこいほど念入りに解す。 ちゅぽ、くぽん、と先ほどから淫靡な音が、繰り返し響いていた。 そのたびに、微かに恭也の背中が震えた。 後部座席の上には、ローションやら潤滑剤、その他もろもろ、生々しい大人のおもちゃが散乱している。それがどこにあったのかと言えば。 後部座席の下にあった登山用のリュックの中に入っていた。 (どんな山に登る気だ) しかも中には、普通の顔をして水筒やら、おにぎりやらパンやら、スイーツやらを詰め込んである。 タオルも何枚か入っていた。 用意したのはおそらく黒百合だろうが。 雪虎が一瞬、そちらを見遣るなり。 「だめだ、やっぱり前、弄らせてよ…っ」 泣きそうな声を上げた恭也が、両手で、濡れそぼった自身の陰茎を握りこむ。 雪虎の肩口に額を当て、そのまま夢中になって扱き立てようとするのに、 「やめるぞ」 雪虎は鋭い声を出した。 ―――――勝手に動けば、もうやめるぞ、と。 脅しが声の響きに宿る。 恭也は、ぎりぎりで動きを止めた。息を呑む。訴えるような声を上げた。 「なんでぇ…!」 「今日のは取引外だって言ったのは、お前だろ」 断固とした態度で雪虎は告げる。 「いつもは取引だから、好きにさせてやってるけど、今日はダメだ」 「そう、だけど…でもっ」 恭也の手の中で、びくびくとそれは滾っている。強い刺激を欲していた。 それは雪虎も察している。 知っていて、そこに触れない理由は。 「後ろで感じてるはずなのに、お前いつも自分で前扱いてイってるだろ」 それでは、ただの自慰だ。二人でしている意味がない。なのに恭也ときたら。 「それの、何がだめなの」 …こうだ。 いけないとは言わない。ただ。 ―――――恭也は感じてはいるのだ。もっと、気持ちよくなれる方法があるのに。 我慢できず、慣れた射精で手早く済まそうとしている。 知らないなら、一度覚えさせればいい。 以前から思っていたことだが。 この、恭也の態度は、…言外に。 雪虎が物足りない、と恭也が言っているようにも思える。 もちろん、恭也が実際に何か言ったわけではない。 が。 雪虎としては、引っかかる。 考えすぎ、と言われそうだが。 そもそも。 雪虎はポジティブな男ではない。 劣等感が強く、妬みが激しい。 雪虎は鼻で笑った。 (そっちがその気なら) いい機会だ。思う存分。 いじめてやる。 拷問は拷問でも、淫靡な拷問なら―――――雪虎にとっては楽しい遊戯だ。 雪虎はわざとらしくため息。 「俺の言うこときかないんなら、ここまでだな」 言って、雪虎は手の動きを止めた。とたん。 珍しく、恭也は途方に暮れた声を上げる。 「だって、後ろだけじゃもどかしい、し」 恭也の先端からは、だらだらと体液がこぼれ落ちている。 それが、ローションに混じって、裸の内腿を伝っていた。 その感覚にさえも感じるのか、びくびくと恭也の肌が小刻みに快楽に痙攣する。 「ん、んぅ…ね、トラさん、扱きたい、イきたい…だから、さ…」 その声は、もう、達することしか考えていないことが分かる、情欲に濡れた声だった。 雪虎の肩口で伏せられた恭也の顔は、おそらく、懇願の表情を浮かべている。 その両手はまだ、陰茎から離れていない。 「だめだつったろ。―――――しょうがねえな」 くちゅん、と雪虎は恭也の後ろから指を引き抜いた。 「ふあ」 顔を伏せたまま、恭也が背をしならせるなり。 「コレ使うか」 「…あ?」 雪虎は恭也の両手を取った。そのまま、恭也の背に回し、束ねる。次いで、子供にでも言うように、 「よしよし、いい子だから、我慢しよう、な? もっと気持ちよくなれるから」 とびきり優しげな声で告げ、恭也の背中で彼の両手首に、手錠をかける。 恭也の肩が揺れた。 「…え、なに、したの?」 手錠、と言っても。 ファーのついた、女王様のアクセサリー、のようなシロモノだ。

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