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日誌・62 とびきり優しく(R18)
黒百合はなんだってこんな玩具を選択したのだろうか。
恭也なら、簡単に抜け出せそうだ。とまで考えて、はたと納得した。
これは完全に、黒百合は遊びのつもりで、かつ、雪虎をからかって遊んでいる。
気分が萎えそうになり、雪虎は思考をすぐさま頭の片隅へ追いやった。
また恭也の尻のはざまに指を伸ばす。解れだした入り口を右の中指だけで撫でれば、
「ん…っく」
恭也の尻に力が入り、きゅうと強く閉じられた。直後、
「まさか、トラさん、ぼくを縛った…?」
すぐ、慌てた様子で半身を起こす。
腕を動かそうとしてできず、状態を確かめるべく身を捻ろうとした。
その恭也の横顔が、
(無防備)
刹那、雪虎にいたずら心が湧く。恭也が背後を見下ろそうとしたのに合わせ、
「アッ?」
中指を一本、まだ狭いすぼまりに、先ほどより深く突き込んだ。
たちまち、中の指を締め上げた恭也の喉から、高い声が跳ね上がる。間髪入れず。
ぎゅっと指を食い締める粘膜の中で、腹側のしこりを探り当てた雪虎は、
「そら、ここが」
強くこすり立てた。
「…中の弱点の一つ」
囁きにかぶさって、
「―――――や、ぁ!」
恭也が前を突き出すように、仰け反る。バランスを崩した腰を、咄嗟に抱き寄せた。
後ろへ倒れ込みそうになった恭也を支える。とたん。
「く…っ、ふ」
目を瞠ったまま、ぶるっと恭也の腰が震え、―――――射精した。
耐えすぎたせいで、とうに限界が来ていたのだろう。そこへ、この刺激だ。
達するのはあっという間だった。
陰茎が、断続的に白濁を吐きだす。
いつもだが、恭也は雪虎に見られることを強く望む。その視線が快感だと言いたげに。
肉体の反応を、恭也は腰を突きだして、隠さなかった。
快感に、陶然とした表情や、小刻みに痙攣が走る肌は、実際、みっともないというより、
「…あぁ、きれいだな」
見上げた雪虎が無意識に呟けば、…気のせいだろうか。
恭也の顔が一瞬泣き出しそうに見えた。
すぐ、伏せられて、…見えなくなってしまったが。
あれだけ身体を重ねたのだ。恭也とて、前立腺が何か、知っているはず。
なにより、雪虎に対して、恭也は身をゆだねる立場を選択するが、おそらく、恭也は今まで、男とも関係を持ったことがあるはずだ。
男同士で何をどうするか、よく知っているのは経験があるためだ。
だが相手が雪虎でないときはきっと、恭也は奪う側にいる。
この男を、そもそも、抱こうという勇気や性欲を持ち合わせた人間など、そうはいないはずだ。
なんにせよ、男が中からの刺激だけで達することができるというのも、知ってはいただろう。
だが恭也が、そこへの刺激だけで達したのは、実のところ今日が初めてだった。
「あ、…はぁ…っ」
待ち焦がれた解放に、蕩け切った表情で、恭也の身体が弛緩しかけるのに、
「―――――まだだ」
雪虎は不敵に告げた。
(許すかよ)
本当の意味での開放など、まだ早い。
雪虎の声に、不穏を感じたか。
ふっと恭也が瞬きした。
雪虎を見直す。
真っ直ぐに目が合った、刹那。
雪虎の指先が、中で見つけ出したしこりを強くこね回した。
「―――――ぁっ?」
また、恭也の全身が、ぎくん、と強張る。再度、射精。飛び散った精液が、互いのシャツを濡らした。
そのときはじめて。
子供のように無防備に、恭也は目を瞠った。
「…ぅ、な、なに」
次いで、恭也の腰が引ける。
今のは、自身で、予想外の絶頂だったのだろう。
快楽に対する恭也の態度に戸惑いが生じたのは、これがはじめてだ。
つい、雪虎はにやりと笑った。
いくら恭也が受け身を選択したとしても、彼相手に身体を重ねるのは、してやられたという気分になってばかりだったのだ。少し、胸がすいた。
雪虎を見た恭也が、何を察したか、唖然となる。次いで。
泣き出しそうに、表情が歪んだ。まるで虐められる幼子めいた態度で、
「や、や…!」
首を横に振った。
雪虎から逃れようと、恭也の身体が逃げを打つ。それでも逃れる前に動きを止めてしまうのは、雪虎の動きのせいだ。
彼は指を止めなかった。どころか、一本、増やして。
ねっとりと弾くように、中の弱いところをさすり続けられ、
「もう、そこ、ぃヤぁ…っ」
恭也は顎を引いた。
下半身を、後ろへ大きく引く。
雪虎から遠ざけるように。
隠すように。
だがそれで指の当たる角度が変わったか、
「ァ、」
甲高い声を上げ、腰を引いたまま、仰け反った。
「―――――また、ィ…!」
言葉が終わる前に。
がくがくと、恭也の身体が震えた。
生ぬるい体液が、ぱたぱた、と服やシートの上に散る。
恭也の背を宥めるように抱き、
「もう、イきたくないか?」
あんなに望んでたのに?
わざと聞けば、悔しそうに横目で睨まれた。それでもすぐ、腰が震え、強く目が閉じられる。
「お願…っ、休憩、ちょうだい」
荒い息の訴えは、切羽詰まっていた。
だが、それはダメだ。恭也に関しては、回復の時間など、与えたらまた同じことの繰り返しになる。
「あー…」
わざと、雪虎は考える間を置いて、にっこりと一言。
「やなこった」
「ちょ」
指を動かし続ければ、逃げるように動いた恭也の腰が、また強張った。
「あ、ァ…っ、や!」
性器の先端が体液を吐きだす。
何かを堪えるように腰は淫らにくねるが、放たれた体液は薄く、量も少ない。
「まだ出るだろ?」
促すように背を撫で下ろせば、
「も、もう、ムリ…ぃっ」
苦しそうな息の下、恭也が訴える。対する雪虎は、容赦なく、
「―――――なら、お前がイくのを我慢すればいいんじゃないか?」
他人事のように言って、雪虎は指の動きを止めない。また、一本、指が増えた。
後ろ手に拘束されたまま、信じられない、と言いたげに、恭也は首を横に振った。
「できな、…ソコ―――――やだ、や、やぁっ」
ぶるぶると、恭也の腰がもどかし気に震える。
「そこぉ、だめ、イけない、から…あっ、あ、―――――許し、っ!」
指を食いしめる肉の感触に目を細め、雪虎は恭也の耳元で囁いた。
「だから、我慢だって。前でイかなきゃいい。苦しいなら出そうとする必要ないだろ」
無茶だ、と恭也は荒い息の下で恨めしく思う。
出す、以外の方法など、恭也は。
無理を言う雪虎を跳ねのけたくとも、身体のそこここへ力がおかしな具合に入る今の状態ではうまく拘束を抜け出すこともできない。
「んん…っ」
口を閉じきれず、呑み込み切れない唾液が恭也の顎を伝い落ちる。
心臓がうるさく脈打っていた。
にっちもさっちもいかなくなった恭也の、真っ赤に染まった耳元で、雪虎があやすように、
「…ほら、騙されたと思って。―――――深呼吸」
とびきり優しく囁いた。
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