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日誌・63 逃げ場がない(R18)
恭也は頭の片隅で思う。
本当に騙されてはいけないのは、この、声の優しさに、だ。
…けれど。
そうだ、逃げ場がない、なら。
―――――いっそ、従った、方が。
思うと同時に、しかし、同じくらい警戒心も強くなっていく。
雪虎はいったい、恭也に何を覚えさせようとしているのか。
それでも。
縋れるのは、目の前にある身体しかない。
助けを求めるような心地で、恭也は雪虎の身体にもたれかかった。
そうやって。苦しいような下腹部に、恭也は意識を向ける。
腹まで反り返り、透明な体液をこぼす陰茎、ではなく。
雪虎の指の動きへ。
その、丁寧な刺激を受け続けている、―――――ソコへ集中、して。
溺れるように、息を吸う。
泣くように、吐きだした。
繰り返す、うちに。
恭也の腰を撫でていた、もう一方の雪虎の手がそっと上がって。
恭也の髪を掻き回すように、ゆっくり大きく撫でまわした。
「―――――そう、イイ子だ」
その、心地よさに。
いっとき、強張っていた恭也の身体が、解れて。刹那。
腹の底から、―――――ナニか、が。
きた。
「―――――ぁっ?!」
全身を貫くような感覚に、恭也の喉から、裏返った声が上がった。刹那。
恭也の中がうねる。肉壁が蠕動した。雪虎の指を、強く締め上げる。
恭也の全身が硬直した。同時に、奇妙な浮遊感が生じる。
がくがくと足が震え―――――、やがて、恭也の全身が弛緩した。
その腰が雪虎の腿の上に落ちる。拍子に、雪虎の指が抜けた。
「ふ…ぅっ」
その感覚に、ぞくりとしたように、恭也の身が竦められる。
「…っと」
力尽きたようにもたれかかってくる恭也の身体を、雪虎は新鮮な気分で受け止めた。
こう、身を任せるような態度を、恭也が取ることははじめてだ。
膝立ちすらできず、荒い息のまま、どこか朦朧とした表情で恭也は動かない。いや、動けないのか。
「…どうだ?」
すぐ間近にある耳元で、雪虎は囁いた。…体液は吐き出されなかったが。
身体の状態から言って、達したのは間違いない。
その感覚について、雪虎は尋ねたわけだ。意地悪のつもりはない。単に、事務的に。
ただ無神経であることは間違いなかった。
対する恭也の反応は。
「そこで、」
―――――おそろしく、過敏。
「喋るな!」
恭也から返った、殺意すら感じられるような物騒な眼差しと、声、に。
だが、雪虎の目は満足そうに細められた。
目を奪われるような、恭也の紺碧の瞳は潤み、鋭い声はかすれ、震えている。
その反応が、答えだ。
獣のような態度で怒りと反発を示しているが、恭也が快楽のただなかにいるのは間違いない。
一度吐きだせば終わる、オスの快感とはまた違う、持続する快感の中に。
吐きだされなかった快感は、おそらく今、全身をめぐっているはずだ。
未だ小刻みに戦慄く肉体が、それを物語っている。
しかし。
それを認めたくないのか、溺れたくないのか。
恭也は堪えるように歯を食いしばり、辛いような表情を浮かべていた。
(…そういう態度は逆効果、なんだけど、な?)
恭也とて男だ。それを知っているはず。
なのに咄嗟に煽るような態度を取ったということは。
それなりに、追い詰められているということで。
恭也は、いつだって、どこかに正気を残していた。それはきっと、仕事が仕事であるからだろう。
少し、気の毒になる。
これ以上追い詰めるのはやめてあげようかな、と頭の片隅で思った。けれど。
―――――こんな機会はめったにないのも、また事実。
なにより。
コレを望んだのは。
恭也、自身だ。
「…あぁ」
雪虎の目が据わった。そのくせ、口元には薄い笑み。
ちらり、しきりで見えなくなった運転席側に視線を向けた。
―――――やり過ぎれば、殺されるだろうか。
だが、雪虎は恭也をいたぶっているわけではない。その逆だ。念入りに、愛でて、追い上げて、快楽の地獄に突き落としたいだけ。
「分かった」
運転中の車の中とは思えない静けさと振動の少ないシートの上。
「あ」
ひょいと恭也の身体を雪虎は仰向けに転がした。
体格は恭也の方が上とはいえ、そう大差はないのだ。恭也の、無駄のない肉体は、身体から力が抜けているなら、扱いやすくもある。
こうすれば後ろ手に拘束した腕が痛むだろうかと思ったが。
残念ながら、今の雪虎には相手の体をいたわる余裕がなかった。なにより。
恭也はうつくしいのだ。
明るい中で、正面から乱れる姿を見たいと思うのは、当然だろう。
もう夜だが、移動する車内、街灯の下を通るたび、恭也がどんな格好で、どんな表情を見せているのかはよく見えた。
荒い呼吸に、まだ胸を大きく上下させ、白い肌を色づかせた恭也を見下ろしながら、雪虎はズボンの前を寛げた。
解放された陰茎は、もうすっかり固く屹立している。
恭也の視線が、そこに吸い寄せられた。ごくりと喉が鳴る。
何を求めているのか、今までの経験から、はっきりしているが、
「あとでな」
素っ気なく告げ、
「まずは…どうせなら、」
雪虎は、ソレに手早くゴムを被せ、
「今の感覚」
切っ先を、恭也の入り口の窄まりに押し当てた。
「―――――もっとしっかり覚えろよ」
我に返った恭也が、珍しく狼狽えた声を上げる。
「待…っ」
「さあ」
聞かず、恭也の足を抱え上げ、雪虎は腰を進めた。
「そろそろ、一緒に、遊ぼうか?」
快楽に弛緩したそこは、わずかなキツさを感じさせはしたものの、雪虎を難なく飲み込んだ。
どんな衝撃が走ったか、恭也が仰け反る。その喉が、内腿が、―――――全身が引き攣った。
目を瞠り、息を詰めた恭也に、
「おい」
イチモツを半ばまで収めたところで、雪虎は声をかける。
「息、しろ。気絶なんかしたら」
ニィ、とあくどいと言われる表情で、雪虎は笑った。
「この身体」
恭也の下腹を舐めるように撫でさすり、雪虎は低く告げる。
「俺の好きにするぞ…今以上にな」
一人遊びは好きではないが、この状態では雪虎も止まれない。
自身ではどうにもできないのか、はく、と唇を動かした恭也の態度に、
「しょうがないな」
雪虎は、恭也の中に埋め込んだ切っ先で、
「…ここか?」
恭也の中の、弱点の一つを小突いた。刹那、
「ア、――――――ッ」
芯まで色づいた声が上がり、びくり、恭也が身をよじる。
とたん、恭也の中が激しいうねりを示したのに、
「くぅ…っ」
雪虎は持って行かれそうになった。ぎりぎり、堪える。
今まで、幾人かの体内を知ってはいたが、こういう躍動は初めてだ。
動き一つとっても、それぞれに個性があって、結局誰も、他の誰かとは違っているのだが。
雪虎は薄く笑いながら呟く。
「は…っ、お前って、ほんっと、」
―――――俺のが好きだよな。
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