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日誌・64 いけないこと(R18)
雪虎は、くたりと力が抜けた恭也の顎を片手で捕らえ、身を乗り上げる。
もちろん、本気で自惚れてなどいない。
結局、恭也には、雪虎しかいなかった。
他に選択肢があれば、雪虎など論外だったはず。
こうなっているのは、単なる巡り会わせだ。
唇が触れる寸前、雪虎は恭也の呼吸を確認。苦しげに弾んでいるが、きちんと繰り返されている。
そう、させたのは雪虎という自覚はある。
あやす気分で唇を重ねた。刹那。
がぶ。
「…」
恭也に下唇を噛まれた。近すぎて分からないが、たぶん、睨まれている。
痛くはない。甘噛みの類だ。
顔を離せば、簡単に歯は離れる。追っては来なかった。
だが、脅すような声が恭也から放たれる。
「…抜け」
ふうふうと息を荒げながら、それでも、さすがの迫力だ。
寒気がした。息が詰まりそうになる。
だがそれは、雪虎にとっては逆にいい刺激だ。
縮み上がるどころかむしろ性欲は膨れ上がり、
「―――――ぁっ?」
恭也の中で、雪虎が、ズンと質量を増した。恭也が戸惑いの声を上げる。
業が深い、と言うか。端的に言って、雪虎はロクデナシなのだろう。少なくともこの状況で、まともな反応ではない。
なにしろ。
こんな、ぎりぎりの状態でも雪虎に対する警戒を失わないような恭也の態度は、…非常にそそる。
「まだ、だ」
身を起こし、ぐい、と力づくで雪虎は、さらに恭也の両足を大きく広げさせた。
透明な体液で濡れそぼった恭也の陰茎が露になる。触れてくれと誘うように色づいたそれを放置したまま、
「まだ、奥に、…あるだろう」
雪虎は挑むように、告げ。
自身を根元まで恭也の中に収めるべく、粘膜を絡みつかせてくる肉壺の中を押し進む。
「なにっ、が」
逃れようとする恭也の腰を、雪虎は捕まえた。そのまま、強く引き寄せる。
そう、すると。
「ぅ、あ」
恭也からすれば、むしろ自身から腰を押し付けていく感覚が生じた。
相手から押し進められるのとは似て非なる感覚に、恭也は顎を逸らせ、呻く。
雪虎は、自身の形を思い知らせるようにゆっくりと腰を埋めながら、囁いた。
「弱点」
「あ、…ぁ…っ」
たまらず、ぐぅっと恭也の背が反り返った、その時。
「ひ…っ!?」
雪虎自身が、根元まで埋まる。
同時に、先端が、―――――固く閉じた最奥を。
貫いた。
刹那。
ひとたまりもなかった、のは。
なにも、恭也だけではない。
雪虎もまた、持って行かれる。
ぶるっと身体の端まで悦楽の痙攣が走った恭也の中が、雪虎を貪欲に絞り上げるような強いうねりを見せた。
「く…っ」
この瞬間は。
死ぬまでここに埋もれていたいような、自身でもどうにもならない衝動が雪虎の中に生じる。
本能の快楽で頭も体もいっぱいになり、抱いた身体から離れたくなくなるのだ。
それは、自分で自分が少し怖くなるほどの、衝動だった。
そこから少しでも思考を逃がそうと、ふっと恭也の顔を見上げれば。
「あ…、ふ、ぅ」
自制心が強いだろう彼の顔から、はじめて。
理性が抜けていた。
まだ下腹を断続的に痙攣させながら、どこか蕩けた虚ろな表情で、意識を飛ばしているのが見て取れる。
すこし、ぞっとするほど整った顔立ちが、陶然として、いつもの―――――相手を弄ぶような、余裕に満ちた態度をひとつも残さず、うっとりと快楽に溺れているような姿は。
見る者の理性を曇らせる。
見せる表情が、まるで媚薬だ。
視覚から犯される。
既に限界まで中に押し進んでいるにもかかわらず、もっと突き進みたい衝動に駆られる。
寸前、雪虎は我に返った。
雪虎は、大きく息を吐きだす。努めて冷静にイチモツを引き抜いた。
ちゅぽ、と濡れた音があがり、身体が離れる。
とたん、恭也が、熱のこもった声で何かを呟いた。
少なくとも日本語でないことは分かったが、どこの国の言葉かは雪虎では理解できない。
そういった言葉が無意識にこぼれるということは、やはり、今の恭也に正気はないのだろう。
その隙に、雪虎は淡々とゴムをかえる。新しいものを、まだ腹まで反り返っている自身に被せた。
恭也がどう思っていようと、ここまでくれば、双方ともに、この状態では終われない。
まだ朦朧としている恭也の身体を丁寧にひっくり返した。
ローションで濡れひかる尻を持ち上げ、恭也の手首の拘束を解く。
少し赤くなっているようだが、幸い、痕が残るような感じはない。
それでもやはり罪悪感を覚えた。雪虎の頭がようやく少し冷える。
雪虎は自身の性欲が強い自覚がある。
その彼が、覚えたての猿のように欲望に溺れては、相手を壊す。もう子供ではなく大人なのだから、余計相手が危険だ。
ゆえにどこか、制御を必要として理性を残そうとしているから、こと、性において、本当の満足というものを、雪虎が感じたことはなかった。
…いや、一度だけ。
忘れ去りたい記憶の中には、あるが。
複雑な気分を、ため息とともに逃がし、改めて恭也の身体を見下ろした。
―――――こう、魅力的な相手だと、なけなしの自制心も危うくなるから始末に負えない。
雪虎の場合、まだ足りない、くらいでちょうどなのだ。
身体の下にいる恭也は、と言えば。
両手が自由になったのにも気付いた様子はない。
まだ戦慄いている恭也の尻肉を押し揉むように割り開き、弛緩している入り口に切っ先を押し当てた。
ローションでしとどに濡らされたそこが、ぬちゅ、と音を立てる。
拍子に我に返ったか。
「あ、んっ」
鼻にかかった声を上げた恭也が、ハッとしたように身を固くした。
構わず、雪虎は身を進め、恭也を後ろから抱きしめるように、身体の前へ腕を回す。
一方の手をシャツの下へ潜らせ、胸元へ這わせ。
もう一方を―――――放置され続けた恭也の陰茎へ。
「ト、トラさ、んっ」
雪虎の行動に何を察したか、怒りではなく、乞う態度で、恭也は首を横に振った。
「ぜんぶ、一度に、は」
恭也には理解できた。
すべて一度に刺激を受ければ自分はもう、何も考えられなくなる。
何がどうなったのか、肉体はすっかり、快楽を感じるためだけの道具になっていた。
おそろしいことは、その果てが見えないことだ。
この快楽の深みはどこまで続いているのだろう。
周囲に破滅をばらまき、ゆえに忌避され、恐怖の眼差しを向けられる自分が、どういうことだろう、雪虎と身体を重ねることで、ちっぽけなただの人間になった気がする。
魂まで丸裸にされた気分、とでもいうのか。
恭也の仕事柄、それに溺れることは死活問題だ。だから、必死で頼む。
―――――止めてくれ、と。
だが同時に。同じくらい、強い気持ちで思った。
―――――止めないで。
「ああ」
上ずりそうな息をおさえ、雪虎は舌足らずな恭也の声を乱暴に遮る。
「そんなの、」
言葉の途中で、薄く笑って、
「…するに決まってるだろ?」
言うなり、雪虎はいっきに奥まで腰を進めた。
「あ、…は、ぁっ!」
簡単には届かない奥を貫いた衝撃に、恭也の背がしなる。
ぞくぞく、と皮膚が粟立つ。
終わらない快楽の潮流が、全身を巡りはじめた。
先ほどは、奥を貫くだけで、…果て、終わったが。
今度は、雪虎は自身を引き絞るような感覚をやり過ごし、不敵に笑う。
「―――――もっと、だ」
言うなり、律動を始めた。
引き抜いたかと思えば、すっかり開き切った奥を、思い切り突き上げる。その繰り返し。
「あ、あ、ぁ―――――っ」
恭也の両手が溺れるように、シートを掻いた。
同時に。
雪虎の指先が、恭也の胸元で尖った肉粒を転がす。
くに、と芯をもって勃ちあがったそれを指先で押し倒し、かと思えば今度は痛いほど爪を立てた。
「痛、ぁ…!」
痛いという言葉と裏腹に、恭也は胸を突き出す。もっとしてくれ、とばかりに。
それが気持ちいいと訴える声と態度に、
「ああ、悪い」
雪虎はしこった乳首を指の間で強く押し揉んだ。
その間にも、恭也の陰茎を強く扱き上げる。濡れた先端を指の腹でこね回した。とたん、がくがくと恭也の身体が震え、
「ぃ、や、…ぁ!」
待ち焦がれた感覚に、しかし、激しく首を横に振って、恭也は苦し気に射精した。
たちまち、雪虎のイチモツが粘膜に強く搾られる。
恭也は呻くように呟いた。
「ああ…っ、気持ち、いい、な」
とたん、また、雪虎自身を食い締めるように、恭也の中が締まった。
たまらないような喘ぎを上げて、恭也が頭を横に振る。
「だめだ、それ、止め…っ」
「なんで」
「なにも、かんがえられな、くなる…からっ」
訴えられても、もう遅い。
二人とも、逃れられない渦の中に、はまり込んでいる。
すすり泣くような恭也の声に、ふ、と雪虎は真顔になった。
恭也が普段、どのように過ごしているのか、雪虎は知らない。知らない、が。
―――――彼に、何もかも忘れられる時間など、あるのだろうか。
今まで、雪虎と身体を重ねる時ですら、どこか、理性を残していたような男だ。
もし、今、本当に。
…何もかも忘れられる時間を、得られるというのなら、…むしろ。
「それは、いけないことなのか?」
その台詞を雪虎は、よく考えて、口にしたわけではない。
単純に、疑問に感じたから、改めて聞いてみただけだ。
だが。
戸惑ったように、恭也は口を閉ざした。
考えてもみなかったことだと言わんばかりに。
ただ、その答えが出るまで待つ余裕は、互いになかった。
締め付けてくる感覚を愉しみながら、雪虎は息を弾ませる恭也の耳元で唆すように囁く。
「―――――たまになら、いいんじゃないか?」
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