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日誌・74 逃げ道を塞ぐ(R15)

思わず見上げれば、…どこかが痛むような顔。 (…許す?) 一見、秀の言動は、どこまでも、雪虎の選択にゆだねられている。しかし。 (違う) これで雪虎が首を横に振れば、おとなしく引き下がるだろうか? そんなわけがない。 この男の正体は、今も各所に絶大な影響力を持つ、旧家の当主。 真っ当に見えて、真っ当であるはずがなかった。 秀の言動は、真っ直ぐなようで。 はっきりと、雪虎を動けなくした。…これは意図的な絡め手だ。 まかり間違えば、雪虎が悪者の立ち位置になる。 それを避けようとすれば、断るという選択肢は消える。 つまり最初から、逃げ道は塞がれていた。 見上げれば、もう、秀の顔が近い。 ちり、と苛立ちが、雪虎の意識の端を焼いた。 違うだろう。 結局、どちらも求めるところは同じなのだ。 わざと逃げ道を塞いで、…すべてを秀だけの責任にするような、そんな言動は逆に腹立たしいだけだ。 これから起こることは、雪虎の責任でもある。 「なあ、会長」 雪虎は、薄く笑った。 カミソリの刃めいた鋭さを視線に込めて。 ―――――まだるっこしい。 することが決まっているのなら。 丁寧にする必要はない。優しくする必要はない。誠実で、ある必要も。 「…それは、遊びのお誘いってことで、いいんですか、ね」 縛められたように、秀の動きが止まった。我に返った様子で、瞬き。 その隙に、雪虎は身を乗り出す。 顔から、秀の手が離れた。 雪虎は強引に、秀の胸に身を預ける。 ぶつかる勢いで腕の中おさまったというのに、さすが、大きな身体は小動るぎもしない。 二人の足元に、雪虎が持っていたランタンが転がった。 雪虎の脳裏で、おいやめとけ、と理性の声が響いた。 とたん、強烈な欲求が、それを簡単にかき消してしまう。 ―――――したい。もう、ほとんどソレしか考えられない。 雪虎は秀の胸にのしかかるように、して。 「もう、限界です。身体が、キツくて」 訴える、とか。 乞う、とか。 間違ってもそんな態度ではなく、喧嘩を売るような荒い声で告げながら。 秀の片足に、両足を絡める。 もうすっかり熱を持った身体の中心を、秀の腿に押し付けた。 そのまま、ゆっくり、―――――こすり上げれば。 ぶる、と雪虎の腰が震えた。気持ちがいい。 衝動のままに激しく腰を振らないでいられただけ、まだ耐えられた方だろう。結局、行動は盛った動物のようではあったが。 秀の喉が鳴った。だが、気のせいだったかもしれない。 応じた秀の声は、冷静だったから。 「コレが、いきなりくれば、相当辛いだろう」 コレ。 それはこの、発狂したような勢いの発情のことか? 秀には、覚えがあるような物言いだ。 実際、雪虎の状態を、秀は雪虎以上によく理解しているのかもしれない。 案じる声で、秀は呟く。 「…慣れたら、まだ耐えられるのだが」 しかし態度が、どこか上の空だ。じっと雪虎を見下ろした視線が、動かない。 それに気づかず、行動を責められているように感じた雪虎が、悲鳴に近い声を上げる。 「耐える…我慢しろってっ?」 はっきり言おう。雪虎には無理だ。 しかも、雪虎を襲う衝動ときたら。 ―――――中の疼きだ。 男性器が張り詰めるのとはまた違う、狂おしい切なさが腹の奥に潜み、訴えてくる。 突き上げてほしい、と。 ―――――一度、経験があるアレを、また。 「俺にはできない」 それでも、まずは前を押し付ける以外になかった。 雪虎は女性ではない。ついでに言えば、男を飲み込みなれているわけでもないのだ。 雪虎の入り口は狭い。まずは、慣らさなければ。 頭を横に振り、もっと強く、雪虎は、張り詰めたものを押し付ける。 すぐ、危なっかしいと言いたげに伸びた秀の手が、雪虎の背を支え、尻をわし掴んだ。 その手が、むしろ。雪虎が秀に身体を押し付けることを助けているようで。 雪虎は、訴えるように秀の顔を覗き込んだ。 秀の表情は、厳しい。 それは一見、雪虎の行動の淫らさを責めているような心地にさせた。だが。 …今なら、分かる。 秀の態度は、それこそ―――――ひたすら、耐えているのだ。 雪虎と同じく。 雪虎は、喘ぐように言った。 「我慢なんておかしくなる…発散すればいいだけの話ですよね?」 その、発散、が。いったい、何度必要なのか、分からないが。 欲しいものは、目の前にあるのだ。相手もソレを望むなら、我慢する理由がない。 「会長がいいなら、…なぁ?」 雪虎が見下ろせば、秀のソコも、相当育っていた。息だけで笑い、 「―――――元気ですね」 伸ばした指先で、からかうように輪郭をなぞる。 びくり、とわずかに秀の肩が揺れた。 だが、叱りつけてはこない。 (…これ、なら) 雪虎は、調子に乗ることにした。 止めない秀が悪いのだ。 雪虎は淫猥に腰をくねらせる。 挑発のつもりが、もう本気で達するつもりで腰を振る。 遠慮なく擦り付けた。 やはり、秀は雪虎を突き飛ばさない。振り払わない。 むしろ、秀の手は、一方で背を撫で下ろし。 また一方で、雪虎の尻の輪郭を確かめるような、じわりと揉むような動きを見せて。 その上で、雪虎の片手に、陰茎を好きにいじらせている。 雪虎は、もう確信していた。 秀の態度がどうだろうと、…雪虎がこうなのだ。 秀だって、したくてたまらないはず。 そう、考えれば。 思わず、秀を撫でる指先に、愛おしさが混じる。 (なのにこの自制心…) 少し、呆れる。 だが堅固な要塞だからこそ、突き崩したい衝動に見舞われるのも事実。 「ん、ほら…っ、会長」 男同士だ。ある程度、気心も知れている。張る見栄だって、ほとんどない。 交わったとて、実るものなど何一つなく。だったら。 何を、耐える必要があるのか。 問題があるとしたなら、コトのあと、猛烈に気まずい、程度だろう。 求めるものも、与えるものも、肉体一つ。 心は何も影響を受けない。 そうだろう? と雪虎は問題ないと主張するつもりで、軽く告げた。 「俺たちの間で、今更壊れるものも、交わす情も、…何も、ないんですから」 早くこれをくれよ、と撫でていた硬いモノをやわく握りこみ、顔を覗き込めば。 一瞬、秀は傷ついたような顔をした。 雪虎は目を瞬かせる。 ―――――今、何か間違えたろうか? 秀はすぐ、諦めたように目を伏せた。 「…ああ」 何かを押し殺したような独り言めいた呟きを、雪虎は肯定と受け止めることにする。 今、他の何かに気を配る余裕がなかった。 しっかりと受け止めてくれる秀の肩口に頬を摺り寄せる。 その体温。肉体の輪郭。骨の固さ。 全てに、感じた。 上ずる息を繰り返した、直後。 「…ぁっ」 一瞬、息が止まる。―――――きた。絶頂だ。 吐精の感覚に、全身が震える。 下着や浴衣が汚れることなど、こうなればもうどうでもいい。

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