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日誌・95 御子柴一族
御子柴家というのは、月杜家と似たような一族だ。
質は違うが、厄介さでは同等。
今はまだ、大河の父、大吾がトップに立っているが、実権はほぼ大河へ移り始めているのが現状だ。
つまりは、彼を支える妻であるさやかもまた、既に頭のてっぺんまで、御子柴の内情に浸かっているはずだ。
とはいえ。
雪虎は御子柴にとっては他人に過ぎない。
そもそも、さやかとは兄妹のように育ってはいるものの、二人の間に血のつながりはなかった。
そして、実際のところ二人は同級生である。
さやかの方があとに産まれているが、誕生日は、10日も違わない。
一族の性質上、排他的な傾向にある御子柴が、たとえさやかの兄代わりであるにせよ、雪虎を心から家族として迎え入れることはない。
そのはず、…だったのだが。
―――――御子柴を統べる一家が、雪虎を受け入れているのは、はっきりしていた。
さやかが小学校の五年生だった頃、男と一緒に消えたという母親のことは何も言わないのに。
最初、話を聞いた時は驚いたものだ。
御子柴家で、親・子・孫の三世代揃った一家団欒の場に、雪虎も参加すると聞かされた時には「嘘だね」と咄嗟に言って、そんな会話も忘れた頃、さやかからひどい目に遭わされた。
それが事実なら、考えられる可能性は一つ。
彼らは、雪虎を通して月杜を見ている。
…それしかない、はずだった。
だが御子柴が、雪虎を通して月杜と懇ろになった気配はない。そもそも月杜は、それほど甘い一族ではなかった。
それは御子柴も同じことだ。
あの一族に嫁入りしたなら、さやかは雪虎とも疎遠になる、というのが翔平の見立てだったわけだが。
現実に起きているのは、真逆の現象だ。
御子柴は、雪虎ごとさやかを受け入れた。
(育ちのいい人間から見れば、雪虎みたいなタイプって癇に障らないか? それとも物珍しいから気に入ったとか?)
いくら考えても分からないが、…なんとなく察するところが一つ。
御子柴大河。彼は―――――もしかすると。
(雪虎と、何か、…ありそう、な)
ただの勘だ。
はっきりした情報など、あるわけもない。
なんというか、こう考えてしまう方が、本当はおかしい気がする。
何かあるとすれば、雪虎とさやかだと思うはずだ。
なにせあの二人、昔から仲が良かった。ぜったい、男女の関係だと思うくらいに。
スキンシップもベタベタと見ているこちらが恥ずかしいくらいで。
たとえば。
体育の授業の後、体操服で、疲れたと雪虎が仰向けに寝転がっているとする。
その上に猫のようにうつ伏せに乗っかって、平然と一緒に寝るのがさやかだ。
当時からスタイルがよかった彼女の胸が、雪虎の胸の上で形を変えるのは、非常に卑猥で煽情的だった。
なのに双方、互いの肉体をまるで意識していなかった。
結局あの二人は、男女と言うより、家族なのだろう。
ずっと一緒にいれば、それはよく分かるのだが、揃って毒気のある色気を持っていたのが、良くない。
くっついていれば目の毒以外の何物でもなかった。
雪虎が女から壊滅的にもてなかった理由は、おそらく、さやかの存在のせいもあるだろう。
いずれにせよ。
雪虎に何かあれば、復讐に燃えた化け物たちに、翔平などちぎって捨てられるのは目に見えていた。
胸を張って正直に言おう。
想像だけで、腰が抜けた。
「『魔女』がいるから気を付けてって、ちゃんと聞いてたかなあぁ、あの野郎…」
なのにお気楽極楽に、翔平を平然と巻き込む雪虎が恨めしい。
「なんだかんだで、最後は、拳で勝負っていうのがトラ先輩の基本ですから。話は上の空でしょうね」
あっけらかんと言った後輩の後頭部を、叩きたくなって、睨み上げた。が、いかんせん身長が足りない。
「『魔女』って何だよって言い出した時には、本気で殴りたくなったよ」
憤然と息を吐きだす翔平。
なにせ、あの死神と一緒にいるのだ。
世界の裏側を、雪虎はある程度承知のはず。
『魔女』の存在を知らないわけが…と思いさし、おやと思う。
―――――そう言えば、雪虎は月杜である。
よくよく聞けば、『魔女』という存在は雪虎の知識の中にあったわけだが。
『魔女』は月杜を避けて通る。
それこそ、世界に終りをもたらす存在を、刺激しないようにと慎重なくらいに。
彼らは、異様なほど月杜を恐れていた。
翔平でもその理由まではつかめていない。
ただ、そうであるからこそ、雪虎の中では、『魔女』は遠い国の存在であり、脅威としての認識はないのかもしれなかった。
「トラ先輩らしいですね」
後輩は曖昧な笑い方をして、視線を遠くへ投げる。
「車が死んだとき、『じゃあ走るわ、足で』って言って、あの子の首根っこ引っ掴んで外に出た時は、水を得た魚…」
「拳で勝てる相手じゃないよ! いや、山本君がいたら勝ったかもだけど…」
山本浩介。
彼こそが、雪虎の後輩、栄えある1号。
中学の時から、だが。
どれだけ絶体絶命の時でも、彼がいれば、戦局が変わった。
雪虎が一言、言えばいい。
―――――勝て。
たったそれだけで、いっさいの不利は覆った。
大人になった今の視点から見れば、当時必死だったやり取りも、ただの子供同士の喧嘩。
それでも、数の違いや総合的な能力の差を見れば、負けが歴然としていた勝負は多かった。
なのに、それをものともせずに。
浩介は―――――勝った。
驚くべきことに、一度も彼が負けたところを見たことがない。
おそらく、地元の中学生の間では、未だ伝説だろう。
ちなみに、現役だった頃の翔平たちから見れば、浩介は恐怖の代名詞のひとつだ。
いつだったか、雪虎と浩介を一緒にするから質が悪くなるんだ、と翔平は、彼らと敵対する側に回った時、真っ先に二人を分断する作戦を取った。
結論から言おう。
当時の仲間には、心の底から、懺悔する。
翔平が、間違っていた。
浩介は、ヤバかった。
本当に、度を越していた。
その時になって、翔平は気付いた。
雪虎は、安全弁なのだ、と。
雪虎のそばにいるから、浩介は人間として付き合いやすい部類にも入るのだ。
聞いた話によると、浩介は未だ雪虎のそばにいる。
(呼べば来そうだよな…あ、それ、もっと怖い)
真っ先に血祭りにあげられるのは間違いなく、翔平だ。
「それにしたって、不思議ですよね、あの子の話」
「あの子? …ああ、今回の諸悪の根源ね」
素っ気ない翔平に、後輩10号は苦笑。
「まあそう言わず」
彼は、自分が取りに行った、悠太の年季が入った車をぽん、と叩いた。
「この車、親が生きてた頃付き合いのあった近所の人が10万くらいで譲ってくれたって聞きましたから、まあそれは納得ですけど」
顎を撫で、首を傾げる10号。
ちなみに、車の合鍵はもっていないのか、と雪虎が言った時、そもそももらっていないと悠太は言った。
ならそのひと、もしかしてまだ車の合鍵を持っているんじゃないか、という話になり、悠太からの連絡を入れてもらった後、取りに行った10号が預かった合鍵で、車は動いたという余談もある。
「彼の親、交通事故で亡くなったんですよね」
「…保険金が入った様子がないのはおかしいよね」
生命保険に入っていなくても、通常、運転する人間は車の保険には入っているはずだ。
「駆け落ちで親類縁者がいないなら、いざというときの備えは通常してると思うんですけど…うっかりしてたって言われたらそりゃそれまでで」
「免許取ったのは、社会に出れば、身分証明で必要だろうからってことで、親の残したなけなしのお金はたいて取りに行ったらしいし?」
つまり悠太の手元には、親が残した貯金しかなかったわけだ。
悠太は器用に嘘がつける人間には見えなかった。
ならばそれが事実なのだろうが、あっという間に無一文になるのは少し違和感を覚える。
悠太に覚えがないのなら。
(…うまいこと言って取り上げたヤツがいる、とか?)
だがそこまで調べる義理は、翔平にはない。
「今回のことだって、ああ完全に狙って巻き込まれたなって分かるんですけど」
「意図的に、人間関係切られてるよね」
付き合いのある人間もほとんどなく、仕事もない、家もない、となれば、…いつ消えても誰も気付かない。
「捨て駒に仕立て上げられたのはなんとなく察しがつきます。でもどう使われる予定だったのか、ちょっと見えません」
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