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日誌・106 風呂場のお遊戯(R18)
「…ソープ、ですか…?」
大河は眉をひそめる。
嫌悪の表情かと思ったが、違う。
少し、理解しにくいことを聞いた、と言った態度だ。
「いいから、先に入れ」
説明するより、やった方が早いとばかりに促せば、
「トラさんはどうす、」
素直に扉を開けながら浴室へ向かう大河が、振り向くのに気づきはしたが、構わず、雪虎はTシャツを脱ぐ。
洗濯機へ放り込む視界の端で、大河が動きを止めたのが見えた。
その視線が、もの言いたげだ。なんだ、と見遣れば、
「僕が脱がしましょうか?」
普通の顔で、そんなことを言い出す始末。雪虎は呆れた。
「今は、俺が借りを返してる状況なんだよ。御曹司は、奉仕するんじゃなくて、される側」
きっぱり言って、浴室の中へ押し込んだ。
「そら、座ってろ」
扉を開けたまま、雪虎は下を脱ぐ。
その様子を見ながら、大河は小さく息を吐いて、椅子に腰かけた。
それを尻目に、手早く裸になった雪虎は腰にタオルを巻いて、浴室に入る。扉をしめた。
先に、湯船にたまった湯を洗面器で掬い、声をかけて大河の背中に静かにかける。
すぐ、その背が小さく震え、ほう、と大河が息を吐きだしたのが分かった。
温かな湯で、少しは、疲れが解れたならいいのだが。
次いで雪虎は自分にも簡単に湯をかけた。
その上で、ボディソープの容器を取って、いい香りのする液体を掌に出しながら言う。
「女の子じゃないから、固いのは許せよ」
分かっているのかいないのか、大河は、はい、と頷いた。
(これ、あんまり分かってないな…? いいけど)
雪虎はまず、掌で泡立てたそれを、いささか乱暴に大河の背中に塗り付ける。
続いて、自分の腹や胸にも適当に塗り付けて、
「じゃ、はじめるぞ」
雪虎は、大河に背後から抱き着くように、あるいは抱きしめるように、して。
「は、い…っ?」
―――――ぬるり。
大河の背中に、自分の胸や腹を押し付け、泡を塗り込めるように動く。
とたん、びく、と弾かれたように大河は背筋を伸ばした。
その動きに仰け反りかけた雪虎は、大河を、叱るように声を上げる。
「やりにくいっ」
「す…っ、みません」
珍しく、大河が泡を食った声を出した。
「では、どうすれば」
なぜか弱り切った声で、しかし、拒絶のない、協力的な台詞に、雪虎は強気で命令。
「もうちょっと、前に屈め。ちょっとでいいから」
「…はい」
熱い湿気に満ちた風呂場にいるからだろうか。
背後から見える大河の耳たぶが赤い。
素直に言うとおりにした大河の背に乗り上げるようにしながら、ゆっくり、雪虎は身体を動かした。
触れあう肌と肌の間で、泡がぬるつく感覚は、ひどく淫靡だ。
立ち上る香りとその感覚に、ちょっとうっとりしながら、雪虎は言う。
「うん、いい感じだ。お前、肌キレーだよな」
扱い、雑そうな割に。
最後の言葉は飲み込んで、身を乗り上げたところで、後ろから大河の横顔を覗き込めば、
「そう…っ、です、か」
そこには珍しく、悪い感情は浮かんでいなかった。
困り切ったような、くすぐったそうな、照れくさいような、―――――どちらかと言えば、戸惑いが強い。
ただ、恥ずかしいのか、なんなのか、頬を染めているのはどうかと思う。
情事の最中のように、色っぽい。
(恥ずかしがるとしたら、俺の方じゃないか?)
だが、その横顔に、雪虎は興奮するより、驚いた。
今更だが、大河は男で、雪虎も男である。
こういうことは、普通、男なら、女性にしてもらった方が楽しめるのではないかと思うわけだ。
…とろけそうに柔らかい、女の身体の方が。
ゆえに、『このように行動する』と雪虎は心に決めて動いたわけだが、実際やってみたとき、嫌悪が返らなかったらそれだけでマシな方だろうな、と思っていたわけだ。
大半は、冗談のつもりで。
大河が嫌がったなら、すぐにやめよう、と。
第一、相手はこの男、御子柴大河だ。
情事に対しては、苦痛に近い表情をいつも浮かべる。それすら変に色気に満ちているのだから、始末に負えない相手だ。
…それが。
今。
「? ? 」
―――――これは間違いなく、『男』として、喜ばれている、…気がする。
これではまるで、遊び慣れた年増が、初々しい童貞の少年をからかっているようではないか。
当然、雪虎が年増の方だ。
大河のツボが、ますますわからなくなった。
(まあ、俺としては借りを返したいわけだから、むしろ御曹司が喜ぶなら万事オッケーなんだが)
こんなんで、いいのだろうか。
なんにしたって、直接的な交合も含め、情事というものは、雪虎にとってはお遊戯だ。
つまりは。
楽しまなければならない―――――お互いに。
お互いの身体で、存分に遊び。
重なり合うことを、喜び合う。
そうでなければ、間違っている。と、思うのだが。
大河には、それが欠けていた。
快楽には素直に溺れるが、相手の存在を嫌悪しているような。
むしろ、…そう、独り遊びでなら、―――――あれほど、うつくしい表情を見せるのに。
(ちぇ)
単純に、いつもは、雪虎という男が相手なのが、嫌だというだけの話なのかもしれない。
だがどういうわけか、今は楽しめているようだ。
拗ねた気分で唇を尖らせつつも、雪虎は改めて掌にボディソープを出す。
それを今度は、足の間に適当に塗り付け、立ち上がった。
泡だらけの手を、大河の右肩の上へ置き、
「身体、起こして。ちょっと、右腕上げろ。これもちょっとでいいぞ。斜め下に…そうだ」
ちょっと困った顔で、大河は、それでも素直に従う。
「はい、いい子」
褒めた上で、雪虎は腕をまたぎ、
「…男だし、―――――ついてるのは、かんべんな」
大河の腕を内腿で挟んだ。
股間を上下に擦り付けるようにして、泡立てる。
ただ、このようなこと、慣れていないどころか、初めての行動だ。
ぎこちなくなるのは、仕方ない。
「…ぁ」
それでも十分、大河には刺激だったらしい。
彼の意識が、いっきに、右腕に集中したのが分かった。
雪虎は、ゆっくり、腰を押し付けながら動く。
その時にはもう、完全に、勃起していた。
横目に見れば、何の刺激も受けていない大河の性器も勃ち上がっている。
「なんっか、こうしてると」
発情した陰茎をきれいな肌へ遠慮なく押し付けているこの状況は、なんとなく、背徳的だ。だけでなく。
雪虎は真剣に呟いた。
「マーキングしてるみたいだよな」
縄張り、とか。
自分のモノという主張、とか。
そういった、動物がする、におい付けの行動をしているようで、こう、野性的な動きの気がする。
ひたすら、前を真っ直ぐ見ている大河が、遠慮がちに頷いた。
「支配されているようで、…これを全身に頂けたなら、最高です」
(―――――うん?)
雪虎は眉をひそめる。
「おかしい。御曹司、それは何か、おかしいぞ」
最高。
いや、支配されるなど、最低だろう。
それも、これを全身になど、…どうかと。
それとも、雪虎がおかしくて、大河が正しいのだろうか。
雪虎はいっとき、混乱したが、―――――そう言えば、コレが大河である。
普段、冷酷も極まる言動をとるくせに、性的なことに関しては。
支配を待ち望み、命令に愉悦を感じている。
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