196 / 197

日誌・195 強靭な獣(R18)

何を言おうとしたのか、口を開きかけた秀の機先を制するタイミングで、 「俺は会長の」 雪虎は強く声を張り、次いで。 「正直な気持ちを聞きたい」 耳元で、囁いた。――――――直後。 「―――――トラのそばにいたい」 切実に放たれた、その単純な願いは、泣き出す寸前の弱さを孕んでいて。 雪虎はつい、目を瞠った。 この男が、こんな声を出すとは思わなかったからだ。 とはいえ、弱いようで。 最初っから負けているような。 だが、端から勝ちにくる執着を捨てているからこそ逆に、勝利しているような、そんな、訳の分からない強さがあった。 雪虎の目の端で、秀の拳が強く握られている。雪虎の戒めがなければ、いったいこの手はどのように動いたのだろうか。 ありもしない想像をしそうになると同時に、目の前で。 秀の瞳が、物騒な冷ややかさを宿した。それでいて、 「放したくない。片時も離れず、一緒にいたい。…それの何が、いけないんだ」 秀は駄々をこねるように、吐きだした。最後は、独白だったろう。 誰に、何に対してのものかは分からないが。 …悪いことには。 秀には、それが簡単にできてしまう立場にあるということだ。 秀が、そうしようと決めてしまえば最後。 もう一生、雪虎に自由はない。 雪虎の気持ちなど、関係なかった。 無論、彼の心があることが一番の理想だが、そうでなくても構わないという欲望が、秀の言葉の端々から感じられる。 ―――――それでも秀は、そうしない。 語尾で、秀が息を呑んだところで、間髪入れず。 「…ありがとう、ございます。教えてくれて」 褒めるように告げ、雪虎は自分の中から、指を引き抜く。 そのまま、秀の膝から降りた。 なぜだろう。 雪虎には秀が時に見せる、この物騒な独占欲が心地よかった。 たとえ秀が言葉通りのことを実行したとしても、きっと雪虎は楽しい気分を抱いてしまうだろう、そんな予感もある。 これがどういう感情かは、雪虎にも分からない。ただ。 「俺がどうして、会長とこの状況でも交われるのかっていう質問の答えですけど」 雪虎は軽く肩を竦め、いい加減に聞こえるように答えた。 「したいからです、よ」 愛しているだとか。 好きだとか。 そんな感情は、雪虎には難しい。 好ましいから、傷つけたくない。 優しくしたから、優しくする。 それだけの話と同じで、触りたいから触るのだ。それの何がいけない。 雪虎が秀に向ける感情は、今となっては悪い感情ではなかった。 ただそれが、秀が言う愛と同じかどうかは分からない。 秀の気持ちははっきりしているのに、それを承知でつながろうとするのは、最低だろうか。 ただ雪虎は、世間が愛だの恋だの言う感情は、今まで一度も我が事として理解できたためしがない。 そう言った『特別』を感じた経験がなかった。 知識として理解しようとしているところからして、おそらく間違いなのだろう。 ―――――トラちゃんは、本能的なところがあるから。 学生時代、さやかはこう言った。 ―――――落ちたら、終わりよ。 だが今まで一度も経験がない。 だからこそ、秀にも平気で触れられるし、これからも他の相手と身体を重ねることだってあるに違いない。 雪虎の自分勝手な言い草を聞いた、秀の表情は冷静だった。何を考えているかは分からない。 (…いいさ) 残酷な行動を取った報いを受けると言うのなら、きちんと受けてやる。 すぐ、雪虎はくるりと背中を向ける。 開いた足の間から手を伸ばし、秀の膝を掴んで。 「さあ、会長?」 雪虎は、腰を落とし、秀の胸にもたれかかるように彼の膝の上に座った。 「俺と遊びましょう」 尻のあたりに、秀のモノを感じ、すりつけながら、 「ここに」 うっとりと告げる。 「ソレを挿入れて、―――――動いて」 言うなり。 ―――――身体を跳ねのけられたような浮遊感が、あって。 面食らった雪虎が状況を正確に察する前に、 「ぅ、…痛っ」 雪虎は、目の前にあった大きな机にしがみついていた。 座っていたはずが、尻を突き出すような格好で、前のめりだ。しかも足先は床から浮いている。のみならず。 そんな格好で、秀のものを受け入れていた。 秀の大きな身体が、背中にのしかかっている。熱い。 強靭な獣に、背後から食いつかれたような感覚があった。 「あ…っ」 ぐ、ぐ、と身体の中心に、急くような動きで、太い楔の先端が穿たれている。 詰まりそうになる息を、どうにか吐きだし、挿入の衝撃と緊張に強張りそうな身体から、努力しながら力を抜いた。 秀が、もどかし気な息を吐いたのを感じる。 当たり前だ、解したとはいえ、さすがにいきなり雪虎の中へ、秀のすべては入らない。 「…トラ、トラ、―――――はぁ…っ」 何かを抑え込んだような呼びかけと性急な所作に、 「ちょ、待て、待…っ」 咄嗟に雪虎は制止の声を上げたが、―――――少し、遅かった。 不完全ながらも受け入れる準備が整っていた身体は、溺れるようになりながらも、順調に秀を飲み込んでいく。 また今回もゴムをしていない、と頭の端に浮かんだ考えは、すぐに掻き消えた。 中に埋もれた秀の先端が、雪虎の内側にある敏感なしこりをこすったからだ。 「そこ…っ」 こうなったなら、とことん気持ちよくしてもらおう。 快楽に逆らわず、雪虎は顔の横にある秀の腕を掴んだ。 催促するように。 「もっと、こすって、くださ…!」 「…そうだ、ここが」 うわごとめいた口調で、秀が呟く。 「トラは、好き、だな」 刹那。 「…あ、あ、―――――ぁっ!」 思い切りそこを突かれた。ぐぅっと雪虎の背が撓る。 それだけでなく。 「…ひっ」 秀の、大きな手が。 腹から雪虎の弱いところを押さえた。 内側から穿たれ、外から押され。 双方からの刺激に、視界の中で火花が散る感覚があった。 身体の中心に、硬い芯が通ったような感覚が稲妻のように走る。 そのくせ、肉はぐずぐずに蕩けていくような―――――認識がついて行ったのはそこまでだ。 たちまち、頭の中が真っ白になった。 「…ふっ、締まる…っ」 どこか不敵な声を、遠くに聞いた、と思った時には。 雪虎は、がくがくと身体が痙攣しているのを自覚した。直後、 「あ…―――――っ」 体奥のさらに深いところを、秀に突き上げられる。 最中、切羽詰まった動きで、上着をたくし上げられた。その大きな掌が、胸をまさぐる。指先が、胸の先端を捕らえた。 雪虎には、それを制する余裕もない。 されるがままの雪虎の首筋に、刻むような秀の息遣いが触れる。と思うなり、強く吸い上げられた。 その間にも、秀の、穿つような動きは止まらない。 もう、奥まで届いているのに。根まで挿入っているはずなのに。 足りないとばかりに、雪虎の尻を捏ねるような腰つきで、全部を納めたまま、ねちり、と腰を回す。 生真面目で、不愛想な日頃の態度を思えば。 誰が、この男がこんな粘着質な責め立て方をすると想像するだろうか。とはいえ、 「は…っ、かい、ちょ…」 どこまでも乱暴だが、雪虎を、雪虎だけを求めてくるその動きが心地いい。 気持ち、いい。 どちらの体液か分からないものが、足の間を伝い落ちていく感覚に、内腿をすり合わせ、雪虎は朦朧としながら呟いた。 「こういう、の。俺に覚えさせたのは、あんた、なんだから」 そうだ。こんな快楽、覚えたくなかったのに。 秀はめちゃくちゃに、雪虎の身体に刻んでしまった。 「これからも、ちゃあんと」 言いながら、雪虎は挑発するように、もしくは、秀の動きに合わせるように。 淫猥に腰を揺らした。 「遊んで、ください、ね?」 責任は、きちんと取ってくれないと。 告げた、直後。 我を忘れたような秀の動きのせいで。 さすがに雪虎は、翌日まで寝込む羽目になった。

ともだちにシェアしよう!