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日誌・195 強靭な獣(R18)
何を言おうとしたのか、口を開きかけた秀の機先を制するタイミングで、
「俺は会長の」
雪虎は強く声を張り、次いで。
「正直な気持ちを聞きたい」
耳元で、囁いた。――――――直後。
「―――――トラのそばにいたい」
切実に放たれた、その単純な願いは、泣き出す寸前の弱さを孕んでいて。
雪虎はつい、目を瞠った。
この男が、こんな声を出すとは思わなかったからだ。
とはいえ、弱いようで。
最初っから負けているような。
だが、端から勝ちにくる執着を捨てているからこそ逆に、勝利しているような、そんな、訳の分からない強さがあった。
雪虎の目の端で、秀の拳が強く握られている。雪虎の戒めがなければ、いったいこの手はどのように動いたのだろうか。
ありもしない想像をしそうになると同時に、目の前で。
秀の瞳が、物騒な冷ややかさを宿した。それでいて、
「放したくない。片時も離れず、一緒にいたい。…それの何が、いけないんだ」
秀は駄々をこねるように、吐きだした。最後は、独白だったろう。
誰に、何に対してのものかは分からないが。
…悪いことには。
秀には、それが簡単にできてしまう立場にあるということだ。
秀が、そうしようと決めてしまえば最後。
もう一生、雪虎に自由はない。
雪虎の気持ちなど、関係なかった。
無論、彼の心があることが一番の理想だが、そうでなくても構わないという欲望が、秀の言葉の端々から感じられる。
―――――それでも秀は、そうしない。
語尾で、秀が息を呑んだところで、間髪入れず。
「…ありがとう、ございます。教えてくれて」
褒めるように告げ、雪虎は自分の中から、指を引き抜く。
そのまま、秀の膝から降りた。
なぜだろう。
雪虎には秀が時に見せる、この物騒な独占欲が心地よかった。
たとえ秀が言葉通りのことを実行したとしても、きっと雪虎は楽しい気分を抱いてしまうだろう、そんな予感もある。
これがどういう感情かは、雪虎にも分からない。ただ。
「俺がどうして、会長とこの状況でも交われるのかっていう質問の答えですけど」
雪虎は軽く肩を竦め、いい加減に聞こえるように答えた。
「したいからです、よ」
愛しているだとか。
好きだとか。
そんな感情は、雪虎には難しい。
好ましいから、傷つけたくない。
優しくしたから、優しくする。
それだけの話と同じで、触りたいから触るのだ。それの何がいけない。
雪虎が秀に向ける感情は、今となっては悪い感情ではなかった。
ただそれが、秀が言う愛と同じかどうかは分からない。
秀の気持ちははっきりしているのに、それを承知でつながろうとするのは、最低だろうか。
ただ雪虎は、世間が愛だの恋だの言う感情は、今まで一度も我が事として理解できたためしがない。
そう言った『特別』を感じた経験がなかった。
知識として理解しようとしているところからして、おそらく間違いなのだろう。
―――――トラちゃんは、本能的なところがあるから。
学生時代、さやかはこう言った。
―――――落ちたら、終わりよ。
だが今まで一度も経験がない。
だからこそ、秀にも平気で触れられるし、これからも他の相手と身体を重ねることだってあるに違いない。
雪虎の自分勝手な言い草を聞いた、秀の表情は冷静だった。何を考えているかは分からない。
(…いいさ)
残酷な行動を取った報いを受けると言うのなら、きちんと受けてやる。
すぐ、雪虎はくるりと背中を向ける。
開いた足の間から手を伸ばし、秀の膝を掴んで。
「さあ、会長?」
雪虎は、腰を落とし、秀の胸にもたれかかるように彼の膝の上に座った。
「俺と遊びましょう」
尻のあたりに、秀のモノを感じ、すりつけながら、
「ここに」
うっとりと告げる。
「ソレを挿入れて、―――――動いて」
言うなり。
―――――身体を跳ねのけられたような浮遊感が、あって。
面食らった雪虎が状況を正確に察する前に、
「ぅ、…痛っ」
雪虎は、目の前にあった大きな机にしがみついていた。
座っていたはずが、尻を突き出すような格好で、前のめりだ。しかも足先は床から浮いている。のみならず。
そんな格好で、秀のものを受け入れていた。
秀の大きな身体が、背中にのしかかっている。熱い。
強靭な獣に、背後から食いつかれたような感覚があった。
「あ…っ」
ぐ、ぐ、と身体の中心に、急くような動きで、太い楔の先端が穿たれている。
詰まりそうになる息を、どうにか吐きだし、挿入の衝撃と緊張に強張りそうな身体から、努力しながら力を抜いた。
秀が、もどかし気な息を吐いたのを感じる。
当たり前だ、解したとはいえ、さすがにいきなり雪虎の中へ、秀のすべては入らない。
「…トラ、トラ、―――――はぁ…っ」
何かを抑え込んだような呼びかけと性急な所作に、
「ちょ、待て、待…っ」
咄嗟に雪虎は制止の声を上げたが、―――――少し、遅かった。
不完全ながらも受け入れる準備が整っていた身体は、溺れるようになりながらも、順調に秀を飲み込んでいく。
また今回もゴムをしていない、と頭の端に浮かんだ考えは、すぐに掻き消えた。
中に埋もれた秀の先端が、雪虎の内側にある敏感なしこりをこすったからだ。
「そこ…っ」
こうなったなら、とことん気持ちよくしてもらおう。
快楽に逆らわず、雪虎は顔の横にある秀の腕を掴んだ。
催促するように。
「もっと、こすって、くださ…!」
「…そうだ、ここが」
うわごとめいた口調で、秀が呟く。
「トラは、好き、だな」
刹那。
「…あ、あ、―――――ぁっ!」
思い切りそこを突かれた。ぐぅっと雪虎の背が撓る。
それだけでなく。
「…ひっ」
秀の、大きな手が。
腹から雪虎の弱いところを押さえた。
内側から穿たれ、外から押され。
双方からの刺激に、視界の中で火花が散る感覚があった。
身体の中心に、硬い芯が通ったような感覚が稲妻のように走る。
そのくせ、肉はぐずぐずに蕩けていくような―――――認識がついて行ったのはそこまでだ。
たちまち、頭の中が真っ白になった。
「…ふっ、締まる…っ」
どこか不敵な声を、遠くに聞いた、と思った時には。
雪虎は、がくがくと身体が痙攣しているのを自覚した。直後、
「あ…―――――っ」
体奥のさらに深いところを、秀に突き上げられる。
最中、切羽詰まった動きで、上着をたくし上げられた。その大きな掌が、胸をまさぐる。指先が、胸の先端を捕らえた。
雪虎には、それを制する余裕もない。
されるがままの雪虎の首筋に、刻むような秀の息遣いが触れる。と思うなり、強く吸い上げられた。
その間にも、秀の、穿つような動きは止まらない。
もう、奥まで届いているのに。根まで挿入っているはずなのに。
足りないとばかりに、雪虎の尻を捏ねるような腰つきで、全部を納めたまま、ねちり、と腰を回す。
生真面目で、不愛想な日頃の態度を思えば。
誰が、この男がこんな粘着質な責め立て方をすると想像するだろうか。とはいえ、
「は…っ、かい、ちょ…」
どこまでも乱暴だが、雪虎を、雪虎だけを求めてくるその動きが心地いい。
気持ち、いい。
どちらの体液か分からないものが、足の間を伝い落ちていく感覚に、内腿をすり合わせ、雪虎は朦朧としながら呟いた。
「こういう、の。俺に覚えさせたのは、あんた、なんだから」
そうだ。こんな快楽、覚えたくなかったのに。
秀はめちゃくちゃに、雪虎の身体に刻んでしまった。
「これからも、ちゃあんと」
言いながら、雪虎は挑発するように、もしくは、秀の動きに合わせるように。
淫猥に腰を揺らした。
「遊んで、ください、ね?」
責任は、きちんと取ってくれないと。
告げた、直後。
我を忘れたような秀の動きのせいで。
さすがに雪虎は、翌日まで寝込む羽目になった。
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