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side Master 2

 草臥れて家に帰ると執事が出迎える。  オレにとっては普通のことだが……それが世間一般では普通じゃないことは知っている。 「おかえりなさいませ」 「ああ、ただいま」  歩いてリビングに行くまでに、荷物も上着も受け取ってくれているし、ネクタイは外されている。 「ガキじゃないんだから自分でする」  そう言っても、木村は微笑むだけで手を止めようとしない。  毎日のこのやりとりを、もうずっと繰り返している。 「いい、自分でする」  ワイシャツのボタンを外し始めた手を払い除けて、風呂場への扉を開ける。  こう邪険にされても微笑んでいるのだから、木村の心は読めない。  また手を伸ばされる前にボタンを外してワイシャツを脱ぐも、流れる動きでそれを取られてしまう。 「洗濯籠に入れるくらい、できる」 「左様でございますか」  やっぱり笑顔で流されてしまい……  これじゃあなんの為に一人暮らしを始めたのかわからない。 「お背中流しますね」 「もー!ホントに、自分でできるよ」 「左様でございますね」  そう言いつつも、木村は腕を巻くって一緒に風呂に入る準備をしているのだから……  無視して風呂場に飛び込み、木村が入る前に鍵をかけた……はずがあっさりと扉は開いて。  扉の鍵の開閉の文字を凝らして見るが、オレは間違ってない。 「壊れてるんじゃないか?」 「明日直しておきます」  さぁ風邪を召されるといけませんからと掛け湯され、湯船を勧められて縁に頭を置くといつものように頭を洗われる。  もうホント、流れが早すぎて止めようがない。 「だからな、一人でな  」 「あひるちゃんは必要ですか?」 「だからな、もういい年でな  」 「三羽浮かべときますね」  目の前にすぃ  と流れてきたぷかぷか浮かぶそれは、ぱっちりとした目をこちらに向けて愛嬌を振りまいてはくれるが…… 「だからそんな年じゃないって」  1匹ずつ掴んで縁に戻し、溜め息を吐く頃には髪は洗い上がっていた。  木村に目をやれば、水場にいると言うのに裾すら濡れた気配がない。 「今日は柑橘系とミルク系、どちらの石鹸になさいますか?」  いつも通りの、いつもと変わりない風に腹が立って、「ハーブ系!」と返してやると、手品のような手つきで紫色のラベンダーと書かれたボトルを取り出して泡だて始めた。  もうホントに……この執事が困ることなんてあるんだろうか……  いや、一度だけ  酷く困らせたことがあったな……  あのわがままだけは   誰にもバレなかった。 「なぁ」  促されて洗い場の椅子に腰かけた時に声を掛けた。  いつも通りの手順でオレの体を洗う木村の動きに乱れはなくて、いつもと変わりない日常だ。 「セックスしよう」  よく泡立てた石鹸で体を洗っていく木村は、やはり動きに淀みがない。  腕捲りされた腕を掴んでやると、白いシャツに水が染み込んで行き、隙のない執事を汚すことができたかのような昏い喜びが湧いた。 「服を脱げ」  背中も足も、普通は人に触れさせない箇所も洗い終えた木村が、湯をかけながら微笑む。 「それは些か職を逸脱致します。必要ならば相応の者を手配致しますが?」  微笑は崩れないし、動きも変わらない。  父に言われた言葉が脳裏を過ぎる。 『主人としての分を弁えろ』  執事は奴隷ではないし、主人は持ち主でもない。  相手が従順だからと暴君になってはいけないし、また慮らねばならないと。  変わらない微笑に目をやるが、折れる気配はない。 「      もういい、下がれ」  優雅な一礼。 「おかず、ご用意致しましょうか?」 「いらねーよ」 「では控えておりますので、のぼせる前にお呼び下さいね」  控えられたら控えられたで困るのだが、プライベートがないことにはもう慣れた。  と、言うより木村がいる前提のプライベートだ。  一挙手一投足、全て木村に筒抜けと言うこと。  何回自慰に耽ったか、誰と何回ヤったか、木村は全て知っているのだと思う。  この男は今そう言うことを全部覚えている男だ。

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