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05(side翔瑚)

 俺は咲の望みならなんだって叶える。  咲の願いならなんだってする。  なのに、どうして俺ではダメなんだ?  俺のなにがいけない?  すべてきちんと直すから、お前の望む人になるから、どうか俺だけをお前の目に映してくれないか。  俺は咲の言うとおり、底抜けのバカなのだろう。  彼の見つめるテレビ画面にすら、嫉妬している、なんて。  ふぅ、とため息を吐いて思考を飛ばす。  少しだけ、昔話をしよう。  昔、初めて俺と、咲と、咲の友人である音待(おとまち) 蛇月(たつき)と、三人でシた時のことだ。  俺はゲイじゃない。  女の人を好きになったこともある。  抱くのも抱かれるのも性別を無視できるほど好きな人、咲じゃないと嫌だった。  だが咲が無邪気に「面白そうじゃん」と笑いかけただけで、俺は初めて会ったばかりの男とセックスしたのだ。  咲がシャワーを浴びにいっている間に、壁に背を預けこそこそと泣いた。  俺は咲の言うとおり泣き虫なので、いつもかんたんに泣いてしまう。  なにをやっているんだ、と冷静な自分の問いかけを気にもとめず、ただ咲が好きな気持ちが苦しくて泣いた。  ふと、隣のシーツの塊も震えていることに気がついた。  当時は学生だった蛇月は、掴みどころのない飄々とした男だった。  今でもそうだ。  世の大多数が知る人気バンドのヴォーカル。アーティスト。  メディアでは仮面をかぶり顔出しをしない彼だが、実際はワイルドな色気のある男らしい美形である。  愉快犯的なニンマリとした笑みと黒紫のメッシュを入れた髪で、咲に輪をかけたアクセサリーの量と個性的な服装をした派手な男。  そんな彼が、あの日は俺と同じようにこそこそと涙を流し、震えていた。  そっとシーツ越しに触れると、蛇月は涙で目を真っ赤に腫らした俺に視線をやり、同じような目を見開く。  そして涙する男が二人いる現状からお互いの本心を把握した彼は、表情をくしゃくしゃに歪め、吐き捨てるように言った。  オレは否定されるのが怖くてアイツに好きだと言えない、と。  愛情を信じない咲は、誰が好きだと言っても必ず否定する。  もう言わないように酷く扱う。  そして疑う。  蛇月の心を疑う。  それが怖いから、面倒くさいと思われたくないから、蛇月は本気じゃないフリをして身体の関係を続けている。 『例えセフレでも、優しくされて、アイツに抱いてもらえて……あの冷たい手に触れられるのがたまんねェからだ』  同じだった。  蛇月も、俺も、同じ泥沼から抜け出せなくなっている。  抜け出す方法は、咲に愛を受け入れてもらうこと。  だから俺は抱かれるたびに、懲りずに咲に愛を叫ぶのだ。  それが受け入れられたことは、まだない。

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