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11(side春木)

 咲と二人で飲み始めて、数時間ほどが経っただろうか。  酒に酔ったことのない俺と違ってキャパシティを超えれば普通に酔い潰れる咲は、俺に勧められて飲みまくったせいでばたんきゅー。  顔を真っ赤にしてぐでりとソファーに上体を預けたまま、ピクリとも動かない。 「おい咲、咲ー」 「ん、ぁー……」  顔を覗きこんで肩を揺すると、虚ろな瞳でぼーっとこちらを見返してくる。寝たわけではない。  俺はそんな咲が愛しくて、頬を緩ませて何度も名前を呼んだ。 「なあ、起きろよ咲、なあ」 「ぅん……ん……」 「咲、咲ちゃーん」 「……あ……?」  何度も何度もしつこく呼んで揺する。  その甲斐あってか、咲は揺れる視線で俺を捕らえ、ようやくゆらりと身体を起こした。  だけど力の入らない身体は、そのまま床へと倒れかかる。  倒れる体を両肩を掴んで受け止めてやれば、咲はぼやんと俺を見つめた。  そして不思議そうにしながらゆるりと口元を微笑ませて、両腕を俺に向かって伸ばすのが合図だ。 「おとうさん?」  する、と首にまとわりつく、酒で熱くなった咲の腕。 「うん、そうだぜ」  俺をおとうさん、と呼ぶ咲に満面の笑みを浮かべて、俺は無邪気に抱きついた。  ──これは、ずっと昔の話だ。  小学四年生の終わり頃という中途半端な時期にやってきた、転校生。  初めてその子を見た時、俺は精巧な球体関節人形が、ついに心を貰って動き出したのかと思った。  それぐらい作り物じみた骨董品のように美しい子どもが、咲だった。  みんながそろって遠巻きに見つめることしかできない。人形らしくて恐ろしかったのもあるだろう。  そうやって他のバカ共が二の足を踏んでいる隙に、最初に声をかけ、まんまと親友の座をもぎ取ったのが俺である。  咲は、その繊細そうな容姿とは裏腹にズケズケとモノをいい、自分の思うとおりに気の向くままなににも囚われず行動する。  乱暴ではないのに人でなしな行動を取る上、予兆や思考が見えずに怖い。  だが時に人を助け、時に気に食わないやつを罵倒し、誰を相手にしても変わらない美しいクズは、周囲を魅了していった。  咲は普通ならば躊躇してしまうことも、平然と押し通してしまう。  純粋な瞳で「なにそれ、つまんね」と笑って切り捨てる。  だけど誰も支配しない。  彼はいつも、個人的だ。  あべこべな咲を恐れる人もいたが、どうにか好かれたいと憧れにも、崇拝にも似た感情を抱く人が多いのも事実だった。  家は金持ちですこぶる容姿がいい。  誰よりも強く誰にも媚びを売らず誰も嫌わず誰も好かず誰とでも仲良くし誰でも抱きしめ誰でも詰り、いつも笑っている。  だからこそ、だとは思うが。 『咲。ミキオの顔面、なんでビンタした?』 『あ? だって、ミキオがアユノちゃんの顔を叩いてたから』 『ぶっ、あれそういう遊びじゃねーよ』 『ありゃ、違ったの? 残念。明日もミキオと遊ぼうと思ったのになぁ』 『ミキオより、俺と遊ぼうぜ』 『いーよ、ハル』  俺は感情のままに行動する、みんなの羨む咲の唯一の友人であることが、とてもとても誇らしかった。  咲の言うことが、行動が。  俺はなぜか、すんなり理解できたから。

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