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13(side春木)

 その頃の俺には、二人がなにをしているのか、ちっともわからなかった。  けれど咲が時折耐えきれずに苦痛にも似た声を漏らすことが心配で、咲を串刺しにする父親の背中を蹴り飛ばしたい衝動が湧く。  咲の中に入って、なにをしているんだ。  細っこい咲の体にあんなものを刺したら、いくら咲でも、壊れてしまう。  そんな焦燥に駆られる。 『サクヤ。かわいいね。愛しているよ』 『ぅ、あ、おとう、さ』 『お前が好きだということだ』 『あい、ぁ、あ、ひ』  なのに、咲が切れ切れとした猫なで声で鳴き続け、受け入れるから。  俺が出ていったら咲の迷惑になるんじゃないかと思うと、身動きが取れない。  結局。  俺はただただ、二人の交わりが終わるまでを、狼狽しながら眺めていることしかできなかったのだ。  どのくらいの時間そうして眺めていたか、わからない。  ようやく父親が咲から離れ、ぐったりと疲弊した咲にキスを落とし、腕時計を見ながら部屋から出ていった。  あっけないものだ。  部屋の真ん中に今度は咲がひとりきり。  乱れた衣服と淫靡な身体を横たえ、変わらぬ様子の人形たちに見つめられている。  数分静寂が支配したのち、死体のように動かなかった咲がけだるげに起き上がり、衣服を整え始めた。  緩慢な動きで身型を整え、一見して何事もなかったかのような出で立ちに修復し始める。  元通りになった咲はゴキ、ゴキ、と首の骨を鳴らして、億劫そうに背伸びをした。 『うーん、タイミング悪いよなぁ。ハルのやつ、待ちくたびれて隠れながら寝てそう。つまんないじゃんね』  軽い口調で呟く姿は、さきほどまでの儚い雰囲気など消え去ったいつもの咲だ。  かしかしと頭を掻きながら、のんびりとした足取りで咲が部屋を出て行く。  咲が演技をしていたとわかった俺は、しばらくそこから動くことができなかった。  二人の行為の意味もわからないのに、俺は、気がついてしまったのだ。  ──燃えたぎるような咲への独占欲と、タールのような咲の父親への憎悪に。  今思えば父親は、愛情を受け入れない咲が、最初で最後に歪に愛した人なのだろう。  ヘドが出るほど億劫なくせに児童愛好家の父親の理想を受け入れ、演技をしてまで好みの息子を演じた。  全く感じないと言っていたくせに、欲望を受け止め、されるがままに従順だった。  それでも咲は、人形ではないのだ。  中学へ上がると成長期がやってきて、鈴を転がしたような声は低くなり、ユニセックスな顔立ちは男らしさを増し始めた。  線の細かった身体はぐんぐんと身長を伸ばし、硬い骨が作られ筋肉がまとわりつく。  骨張っていく体を毛嫌いして、咲はいろいろと頑張った。  肉をつけて丸くなろうとしたが体質なのか太れず、逆に痩せるために毎日十五キロも走っていた。  成長しないよう食事をしない時期もあった。だけどそれは許されない。  咲には人形である以外に、ある時からかせられた役目があった。健康的でタフな体であり続ける必要があったのだ。  断食は許されず、最終的には百八十を越える立派な男へと成長した。  少年から離れて青年へと成長していく咲に、あれだけ異常な愛を注いでいた父親は、どんどん興味を失ってしまう。  もう咲はどこからどう見ても男で、それもずいぶん美しい涼やかな魅力がある男だ。

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