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02(side翔瑚)

 ふぅ、ダメだ。  欲ばかり湧いてくる。  咲は俺をセックスフレンドだと言うが、フレンドと言うほど対等な関係ではないんだろう。  約束一つ取りつけることがこんなに難しい。下心がバレているんだろう。  俺は一度だってフレンドだと思ったことはないから、しょうがないんだろうな。  ……本当は、こんな関係はもう嫌だと思っている。  対等だと思えないのは俺が頼まれたわけでもなく咲に自分を捧げたのに咲が同じように捧げてくれないからで、心の中では〝こんなに尽くしているのになぜ?〟と責めている。  自分がしたことに見返りを求めるだなんて、恋とは、心底不毛でエゴに塗れた酷い感情だ。  欲と結局と欺瞞(ぎまん)。  自分が一番咲を愛していると思っているくせに、俺は咲の全てを受け入れていない。 「あぁ……ダメだ……これじゃあ、好きだと言いながら見返りがないと手のひらを返してもういいと咲に背を向けた人たちと、同じだな……」  吐き出しそうになったため息を飲み下すと、胸の内が重くなる味がする。  なにも持っていないほうの手を握ると、本来の臆病で自己肯定感の低い自分がムクリと顔を出して消えなかった。  わかってる。俺は進んでため息を吐きたくなるような環境にいる。  男同士だ。  世間的に明るくはない。  互いの家族の理解。職場の理解。国内で認められない結婚。名前のつけられない関係に遺せない遺伝子。  子どもがいなければ老老介護だ。  養子を取るにしても子どもにどんな影響があるかを軽視できない。二人きりで未来のトラブルに備えなければならない。  挙げ始めたらキリがない。  だから付き合ってくれだとか、結婚してくれだとか、そういう欲求も我慢できる。  できるものならしたい気持ちは痛いほどにあるのだが、俺を好きになってくれて、隣にいてくれるだけでよかった。  俺だけではつまらないというなら、他に恋人を作ったって構わない。  俺だって男だ。  好きな人を独占したい気持ちはある。  けれど、俺を一番と思ってくれるならそれも我慢できる。  本当は俺がなんでもするから、できるようになるから、俺だけを。そう思っている。  でも、咲が俺を一番に選んでくれるなら他がたくさんいてもいいんだ。  咲が好きだ。  咲を愛している。  一緒にいたい。会いたい。話したい。笑いかけて抱きしめてほしい。名前を呼んで返事をして手を取り合って愛したい。  だけど同じぐらい……俺も愛されたい。  俺も、咲に好かれたい。  首輪を貰わず鍵のかかっていない檻の中で、いつでも逃げていいんだ、と扉を開けられながら飼われている。  咲。咲野。息吹 咲野。  俺は、お前の名前が書かれた首輪を着けてほしいんだ。 「リーダーっ」 「っ」  バンッ、と急に後ろから背中を叩かれて、慌てて振り返る。  ぼーっと物思いに耽っていて、人がいたことに気がつかなかったらしい。  背後に忍び寄った犯人が誰だかわかって、俺は大きくため息を吐いた。 「寿命が縮んだぞ。責任を取れ、(かじ)」 「んじゃ俺の寿命足しておきますね~」 「お前の寿命は栄養補助食品でできているのか」  軽い調子で笑いながら渡された一日分の栄養がどうのこうのと書かれた携帯バーを、呆れ顔で受け取る。  適度に遊ばせた茶色頭を揺らして当然のように隣に座ったのは、後輩の梶だ。  リーダー、というのは俺が先日ちょっとしたプロジェクトのリーダーに任命されたからで、梶とはその時のメンバーとして知り合ったのである。  チャラチャラとした風貌で女にだらしがない梶だが、フットワークが軽く意外と仕事ができるいい部下なのだ。 「ねーねーさっきの電話、彼女ですか?」 「……、聞いていたのか?」 「んや、昼メシ食べに行こうと通りすがった時に通話中なの見えたんですよね。けど戻ってきたら通話もしてないのに一人でたそがれてるんで絡んだ次第でーす」 「絡むな。違う、彼女じゃない」  聞かれていたのかと思ってぎくりとしたが、そうでないとわかって内心安心する。  電話口で必死に縋りついている姿なんて、こいつに見られたらたちまち課内の笑い者だ。  噂好きの女性社員たちに根堀り葉掘り聞かれて、面白おかしく話の種にされるのがオチである。  梶は話しやすくて好きなタイプの部下だが、今は誰とも話したくなかった。  めんどうなことを聞かれる前にさっさと立ち去ろう。  そう思って飲み干したコーヒーの空き缶をゴミ箱に入れて立ち上がろうとすると、バシッと手を掴まれる。 「ん? なにかあるか」  意外と冷たい指先だ。  俺の手を掴んだ梶は、ふふんと意味深に笑う。

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