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04(side翔瑚)
いたずらっぽく笑う梶。
梶の言うとおり、俺は扱いやすい男なんだろう。
仕事は、確かに真剣で丁寧を心がけているがもっと大胆だ。押しも強いほうだと思う。
こんなに臆病なのは、咲にだけ。
咲のことだけ。
なのに俺には咲の考えていることがわからない。
咲は俺をどう思っているんだろう。俺をどうしたいんだ。どうしてほしいんだ。
この気持ちを、いつか受け入れてくれる気はあるんだろうか。
俺はそろそろ飢えて餓死しそうなんだ。
俺も、俺も咲に愛されたい。
もっとそばで愛したい。欲求が膨らんで、頭がおかしくなりそうだ。
咲と出会ってもう十年近く。
さっさと諦めろよ、という声がチラついた時がないわけがない。
当時の俺は大学生で、咲は高校受験を控えた中学生で、俺は彼の家庭教師にと雇われただけの冴えない男だった。
最初は、咲が苦手で仕方なかった。
器用で記憶力もよかった咲は、覚えようと意識して教科書を読めば概要を理解してインプットできたし応用力もあって、家庭教師としては教えがいのない生徒だったからだ。
今でこそ社交的な咲に釣り合うように自分を磨いた俺は、初対面だろうがある程度なら会話を続かせられるコミュニケーション力はある社会人である。
けれどその頃の俺は、地味で根暗で堅物で、美しい咲とは真逆の男で。
デカくてノロマで痩せぎす。
真っ黒いボサボサの髪で目元が隠れて前が見にくく、常に俯きがち。
昔から同じような野暮ったい服しか着ないし、それもダサかった。勉強ばかりで頭でっかち。口下手な堅物。
覇気のない声でボソボソ話す。
笑い話に上手く乗れないいわゆるノリの悪い性格。目なんか合わせない。
そんな俺が五つも年下の、自分とは真逆でスクールカーストの王座につく中学生に苦手意識を持つことは、必然だった。
それがどうしてこうなったかというと、いろいろあったのだ。
面白おかしく俺が咲にオチるかどうかという馬鹿げたセックスゲームの獲物になり、されどゲームと発覚する頃にはすっかり俺も変わってしまい、咲を手放せなくなっていて。
まぁ、割愛するが今に至る。
咲は遊びで俺を救い、そして俺を変えて、俺の人生を変えてしまった。
思えば変な話だ。
向こうだけが遊び始まりの関係で、今も変わらず遊びのつもりだろう。
ちっとも変わらない態度で接してくる咲に俺がこうして不公平を嘆くのは、俺が変わってしまったから。
俺は体ではなく心を蝕む麻薬に手を出した愚かな中毒患者に違いない。
「扱いやすいならそれでも構わない……餓死寸前じゃ駆け引きはできないな……」
自分が今も昔もオモチャの一つでしかない現実に、気分はどんどん落ち込んでいく。
深いため息を吐いてがっくり肩を落とし最下層まで落ち込む俺に、梶は言いすぎたのかと慌てながらポンと俺の背中を擦って軽い調子で慰めた。
「まーまーそうネガることないですって! 明日予定なくなったんですよね? んじゃ俺と飲みに行きましょうか! 詳しくはその時聞きますから! ね!」
「いや、話すほどのことはもうないぞ」
「でも俺に愚痴ったら多少すっきりしたでしょ?」
「う……」
しれっと飲みの約束を取り付けられそうになって否定したが、痛いところをにやにやと突かれた。
確かに誰かに聞いてもらったおかげで今は少し楽になった。
そうだろう。咲は悪い男なのだ。……その上で咲を好きな俺がどう考えても一番悪い男なのだが。諦めの。
「じゃあ続きは明日の夜の六時、駅前の居酒屋ってことで!」
嬉しそうに肩を叩く梶の言葉に、俺はついつい頷いてしまうのであった。
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