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05(side翔瑚)

 ──翌日。 「それで咲のやつなんて言ったと思う? 暇だから呼んだだけ、だと!? こっちは午後の仕事を前倒しにして午前に詰め込んで外回り後の直帰をもぎ取って出てきたんだ! それを咲は、テニスに付き合わせてドライブで連れ回した挙句セックスしてバイバイ。俺は……っ、俺は心霊スポットなんてほんとは嫌だったんだぞ!? 次の日は朝から会議だったのに帰宅した時には日付が変わっていた! 自由すぎる!」  ダンッ、と中身を一気に飲み干して空になったグラスを机に叩きつける。  なにを飲んでいたか覚えてないがおかわりを持ってこいとパネルをつついて注文を追加。  個室の居酒屋でなければ、最初の一時間で苦情が入っていたかもしれない。  俺らしくもなく久しぶりに大きな声を出して悪態を吐き続けている。  今日は約束通り、食事も兼ねて梶と飲みにやって来た。  しかし酒の力を得た俺の口から出る咲の愚痴はとどまることを知らないようで、ヒートアップした結果がこれである。  濁し濁し話していたはずだが、今やあけすけに全てを晒しダダ漏れ状態だ。  テーブルの向かい側で俺の話を聞いている梶も、しっかり酒臭い顔を赤くして何度もうんうんと頷く。 「そいつはとんでもねぇクズですね! 同じヤリチンとして許せねぇ! 曲がりなりにもフレンドなんだから俺だってもっとセフレには気を使ってますよ!?」 「だろう!? あんまりにも無神経だ! 俺にだって心はあるぞ! 普通、セフレに本気になられて告白されたらお前はどうする!?」 「付き合うか、面倒くさいから切る!」 「清々しい! それだ! それだろう! 返事をくれないどころか何度言っても冗談扱いする咲はなんて男だっ!」 「そうだ! なんて男だーっ!」  二人して馬鹿なノリで咲を貶す言葉を叫ぶと、うう、と泣きそうになった。そうだそうだ。咲は酷い男なんだ。  明太卵焼きをつつきながら、おかわりが届いて梅酒のロックを豪快に呷る。  涙目で眉間と顎にシワを寄せ始めた俺を、梶が胡乱な目で責めながらびしっと箸で指した。行儀悪い。汚い。 「リィダァそんな男とはさっさと別れましょ! ブロックして着拒したら二度と会わねぇ一発KO! リーダーが自分を捨てない自信あるから胡座かいて勝手な態度取ってるんですよゲロムカつくじゃねーすかあー殺意! どうせ馬鹿な男って笑われてんですっ」 「うぐぅ、だがそう簡単に切れたらとっくに切っているっ。言っておくが俺の諦めの悪さは相当だぞ!」 「カ〜ッそんなだから野郎がつけあがるんだ! ほら目ぇ覚まして!? 絶対ぇそいつリーダーに惚れられてる自覚あるから! 都合よく利用してほくそ笑んでるから! 惚れた弱みに付け込んでリーダーを振り回してオモチャにして嘲ってますからぁ!」 「うぐぐ……っしかし断言してもお前は咲を知らないじゃないか。節操のあるお前にアレな咲の考えなんて」 「わかる! なぜなら大学時代の俺がド腐れヤリチンだったんでね!」 「くっ、説得力が……!」  捨てろと言われると一転してしおしおと嫌がる俺を、なにをそこまで激怒するのか、怒り心頭な梶が叱りとばして酒を飲む。  あぁ、俺の明太卵焼きまで。  酔いすぎだ。俺もだが。  でも確かにそうかもしれない。  咲は、ほんとうは俺が離れられないのを知っていて、俺の愛を信じていないのは真っ赤な嘘で、俺をいいように使うために関係をなぁなぁにしているのかも。  でないとおかしいだろう?  あんなに人に愛される要素を持った人間が、愛に鈍感なわけがない。  咲が拒絶するのは口にした時だけだ。だけど俺の好意は態度でもわかるじゃないか。咲をずーっと特別扱いしている。  それに気づかずにいられるか?  愛され慣れすぎて興味がない可能性はあっても、自分への愛が信じられないなんておかしな認識である。だから否定できない。  咲の本心はわからなかった。  俺は咲にだけ、とても臆病だから。

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