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07(side翔瑚)

 すると梶は自分を指差して、アルコールに抱かれた赤ら顔のままへらりと笑う。 「じゃー俺と試してみません? あ、俺不潔じゃなきゃたぶん全人類抱ける男なんでそこは気にせず。バリタチっすけどぉ」 「は?」  突然のことに、俺はぽかんとして食べようとした枝豆を取り落としてしまった。 「ほら、そいつとしてたこと全部、他の人とやってみるっしょ? んでイケたらそいつじゃなくてもいいってことじゃないすかぁ〜。しがみつく理由ないならサクッと別れてもっといい男でも女でも探せますって。映画も食事も、心霊スポットも、咲じゃなくてもいーじゃん! ね?」 「それはそうだが、俺は咲じゃないと……」 「他の男に抱かれたことあるんです?」 「いや……でも抱いたことは何度かある。3Pでな。咲が面白そうだって言うから」 「はーっ! やっぱクズだな咲ってやつ! そもそもセフレにはセフレって言わねぇでのらくら躱しつつ彼女っぽい扱いしてキープしとくもんだろ! 3P誘ったら本気じゃねぇってバレんの一発じゃん! そいつのどこがいいんです!?」 「い、いきなり聞かれてもわからないが、俺は咲が好きだから」 「なんで!?」 「うぅ……」  怒涛の勢いで尋問されて言葉に詰まる。  理由はたくさんあるが、そんな恥ずかしいことを当人でもない他人にべらべらと話せるものか。長文になるぞ。  だけど言葉にしてなんで? どこが? と聞かれると、わからなくなりそうだった。  過去に恋をした自分が本当に今も咲を恋愛の意味で好きなのか、愛しているのか。  胸に尋ねてもそれは本当のはずだ。  じゃあどこが? なんで?  俺はまた泣き出しそうな気持ちになって、無性に咲に会いたくなった。  やっぱり会いたいと連絡したくなって、テーブルに置いたスマホに手を添える。  だが、そのまま畳の上へ下ろした。  これじゃあいつも通りだ。  俺が咲のメッセージを無視したことなんかない。普段はすぐに返事を返す。  ……けれどきっと咲は、俺の返事がなくても気にも留めないだろう。  そう思うと無性に寂しくなった。  咲を思うと、俺はいつも寂しい。  こんな恋はもう嫌だ。  もう抜け出したい。  蟻地獄のようだ。 「わかんないなら、なおのこと俺と試してみればいいじゃないですかぁ」  なぜか俺より咲に怒りを剥き出して酒を飲む梶の言葉に、こくりと頷く。  酔った勢いと言うものかもしれない。  しかし、確かに頷いたのだ。  知らない男ならお断りだが、梶は見知った男で人として嫌いじゃない。嫌悪はない。 「じゃあ……このあと俺の部屋に行くか? 無理だと思ったら、やめるからな?」 「おー! かしこまり!」  軟派な梶は楽しそうに笑っていたが、俺にとって、初めての不貞行為であった。  俺が勝手に操を立てているだけで、梶の言うような俺に好かれていることを利用する自信家の咲ならば、なんのダメージもないのだろう。  これは、精一杯の浮気。  咲。お前とさよならするために、俺は他の男に抱かれるんだ。

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