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 胡散臭いチャラ男スマイルでにこやかに宣言されて、目玉回収に向いていた気が、目の前のカカシに向く。  俺を見下ろすへのへのもへじ。  それを改めて頭の中で認知すると、カカシは勝ち誇ったしたり顔をしていた。  オマエ、そんな顔してたのね。 「アハ。|May(お名前) |I have your name,sir(を伺ってもよろしいでしょうか)?」 「む、嫌味な聞き方しやがってぇ。マイネームイズ梶サマでーす」 「カジ? 思ったより面白みねぇー」 「あぁん!? 全世界の梶さんに謝れコノヤロウ!」 「あはは! ファーストネームは?」 「聞けよ! 卯智(うさと)くんですけど!?」 「ウサト。ガチでウサギじゃんマジウケる草生えた。あ、草食べる? ウサギ」 「食べねーしウサギじゃねーわい! なんなんだよもう人の名前でウケやがってお前だって咲ちゃんのくせに!」 「うるせぇなぁ夜中だぜ? また隣のおねーさんが目ぇ合わせてくんなくなるじゃん、ショーゴと。あーあーかわいそうなショーゴ」 「だれのせいだおまえだぞこらぁ……!」  わざとバカ丁寧に尋ねる。  声量を指摘すると、うさホスト改めウサトは声を潜ませつつもジトっと睨みつけてきた。ガキみてぇ。まぁショーゴ趣味悪いかんね。俺にゲロ以下の冗談言うくらいには。  でもそっか。  ショーゴ、恋人ができたのか。  ウサトと話しながら話を理解すると、いつもと変わらず納得できた。  だから連絡返さなかったのな。ふむふむなーるなーる。死んでなくてちと残念。  何年目だっけ。  長ーくやってたショーゴの遊びも、ようやく飽きが来たというわけだ。 「なぁウサト」 「なん、名前呼びかい」 「いちお聞くけど、セフレ許可する系?」 「しません。てかどこの世界線に恋人を他人と共有すんのオーケーする男がいんの? 咲ちゃんって聞いてたとおりの常識ナッシングだよね。マジで見かけだけだわ」 「そ? 世界が頭かてーんだよ」  一般的には許されないらしいことの確認を取ると、失礼な罵倒付きで返される。  常識なんてのはその一般的な頭の堅い人たちが決めたことだろ?  俺ちゃんその常識会議参加してねーもん。だから従う必要はないわけ。理にかなってる。あはは。まー従ってもいいんだけどね。  俺にとって必要性がないだけ。そう決まってるとルールを理解できるだけで、俺の中にはルールへの共感がないから。 「だから、咲ちゃんはもう翔瑚さんの一番じゃないんだぜ。翔瑚さんの恋人は俺で、咲ちゃんはもう好きじゃない」 「ン」  ウサトはケラケラと笑う俺の胸をドン、と指先で強く押して、全く怖くないが敵意剥き出しの双眸で睨みつける。 「わかるよな?」  冷ややかに投げかけられ、俺はヒョイと片眉を上げて笑った。あーね。  これは昔ショーゴが読んでいた恋愛漫画でよくある展開だ。  俺は自意識過剰な酷い間男で、うかうかしているとヒロインをヒーローに盗られてしまった出オチモブのパターン。  これまで俺の元を離れていったコメディアンたちと別れる時、俺はたいていこの役回りだった。ショーゴも同じ。  だってあいつらみんな、綺麗だかんね。  そんでみんな、飢えてんの。  一向に芽が出ない俺に水をやり続けるより、たわわに実った近くの人間に食いつくほうが幸せになれる正しい選択ってわけよ。 「好かれてることに慢心して、おもちゃみたいに扱ってたら、愛想尽かされるのは当たり前だろ? 俺は身持ちも軽いチャラ男だけど、抱き合った人や好きになってくれた人はみんな俺なりに大事にしてる。応える応えないじゃなくて向き合ってた。人としてさ、当然じゃん?」 「うん」 「翔瑚さんも、これからは俺が大事にするから」 「うん」 「翔瑚さんに咲ちゃんは、いらない」  ウサトはそう断言して「わかったら回れ右、若者ははよ帰れ!」と言いながら、しっしっと手を振った。  ヒューウ。今更よ、それ。  最後の言葉は、語気を飛び切り尖らせたくせに。大人ってこわぁい。

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