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チーンとエレベーターがホールに到着したので、スマホをしまって歩き出した。
外は冷気の塊が吹き荒んでマンション内よりずいぶん寒い。その中をえっちらおっちらと歩いて、ゴミ捨て場と瓜二つの自分の部屋へ足を進める。
寒い。
たぶん、冬場で、壁もないこの道を日付が変わりそうな時間に歩くと、寒いだろう。予測は立てる。感覚はねぇもん。想像な。
だけど俺が自分でここへ来て、自分で歩くと決めて、自分の足で歩いている。
自業自得である。
それが嫌ならばちょっと電話をかけて、誰かに迎えに来てもらえばいい。でもそれもしない。俺は愚かな生き物だ。
カツ、カツ、とブーツの踵が煤けた歩道を鳴らすたび、体温なんて感じないのに、唇の端から白い吐息が現れては消えていく。
自分でもよくわからない。
なぜ俺はわざわざ。いちいち。
どうして。
俺は俺を〝愛している〟だなんてほざく哀れで愚かで美しい嘘吐きたちには、酷いことしかしてやれないんだろう。
そんなこと言わない人間やそんなことを言わない時のアイツラには、所謂優しく、対応できるんだぜ。ホントなんだ。
例えば普通に抱いてやったり、遊びに行ったり、食事をしたり、会話も成り立つし、笑うこともできた。
言うだけでいいならなんでも言える。
かわいい、好きだよ、大好き、アイシテル、嬉しい、楽しい、悲しい、寂しい、ムカつく、怖い。ほらな?
形だけでいいならなんでもできる。
キスして、ハグして、抱いて、抱かれて、跪いて、尽くして、従って、捧げて、笑って、望むままの動きを忠実にできる。
それを、俺は自分が関わる人間全員に限りなく平等にやっているのに。
どうして〝違う〟と言われるのか。
別に、嘘なんか吐いてないのにさ。
思ったから口にする。言い方を工夫するだけで本心しか言葉にしない。本物の優しさだと思う。俺は十分優しくしてる。
まぁ俺なりの優しさだから、合っているかはわかんねぇけど。
本を読んだり、ドラマを見たり、そういうメディアから優しさの知識を回収して実行しているから概ね合っているはずだ。
そんな嘘を吐かない人たち……ただの知り合い、本気にならないセフレ、遊び仲間、母親、父親、弟、その他。
そういう人間とは、ウサトと話した時のように常に普通に接している。
ハルみたいな特殊な片割れにはたいていのことを許しているし、人並みになにかを与えようって気にもなる。
だって俺は気にしねぇんだもん。
ハルがイカレていても俺は気にしない。むしろだからこそ気が楽で波長が合う。
な? 気の合う友人もいるでしょ?
俺はどこからどう見ても普通の人間。
有象無象だ。間違いない。
ただ愛の告白という冗談を言われるとシラケるから、頭が割れる前に流すだけ。
前科者は何人かいる。
しかもおかわり激しい。
理解できなさすぎて、一瞬、化け物に見える。愛してる という言葉の意味が、俺にはわからない。
だからブラックジョークと仮定した。
それが一番近い定義を持つからだ。
多くの前科者は冗談が通じなくてヒステリックになったのか、みんな離れて行く。
だけど、いつも残るやつらもいる。
タツキはいつかそれっぽいことを言いかけたけど途中でやめて、今は全く言わない。だからよく遊んでやる。
キョースケは一度言ったけど、「お前が好きなのは金だろ」って笑ったらもう悪趣味なリップサービスは言わなくなった。
アヤヒサはうるさいくらい言う。バグロボット。アイツはよくわかんない。たぶん鳴き声だから喉切り裂こうとしたら減った。
付き合いの長いセフレたち。
みんな俺という人形で遊んでる。俺はそういう理解不能の言語は非対応なのに。
その中でクソみてぇにしつこく俺をからかっていた男が──ショーゴ。
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