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16(side翔瑚)
そうして取り留めのない雑談をしながら食事をしていると、ふと梶が思い出したように「そういえば」と切り出した。
「リーダー、昨日の咲ちゃんのメッセージって見たんですかー?」
「バカ、そんな恐ろしいことできるものか」
とんでもないと眉をしかめる。
あの呼びかけの続きがあったとしたら、無視をした俺は叱られるに決まっているだろう。なかったとしても、気にもかけられない存在であることを再確認して自滅するだけだ。
咲のメッセージを無視したが最後、このまま繋がりがなくなるかもしれない。
そう思うと、恐ろしい。
返事が来ても恐ろしいし、来なくても恐ろしい。無視したことなんてないのだ。
「うぅん。ま〜無視しっぱで正解だと思うっすよ~。昨日の様子じゃ、大して効いてないみたいだし」
「このまま無視ってフェードアウトしましょ!」と、軽い調子で告げる梶。
だが俺はその前の言葉が気になって、食事の手を止めた。
「昨日? 誰のだ?」
「サキちゃんの」
は?
昨日の咲の様子を見ることが、どうして梶にできるのか。というかそもそも梶は咲の顔を知らないはずである。
目を丸くしてぽかんと口を開けた俺に、梶は「そういえば言ってなかったですね」と平謝りしてホットサンドにかじりつく。
世間話のように語られるそれは、短くも俺の脳髄にとんでもない衝撃を与えた。
「昨日ベッドでいろいろしたあと、お疲れのリーダーが寝ちゃったから俺もシャワー浴びて寝てたんです。けどもうすぐ日付変わるーってな時間にピンポン鳴っちゃって、リーダーはすやすや寝てたし起こすのもかわいそうだったから俺が出たんですよ」
「…………」
「そしたらなんと、噂の咲ちゃん! いろいろ想像と違ったけど聞いてたとおり人の話聞かねぇのなんのって! 俺の反応で遊んじゃってさ〜。年下だし初対面のくせにケラケラ笑うんですよね! 敬わねぇわ〜」
「…………」
「んでなんか夜中なのにリーダー起こすとか言って中に入りたがったもんですから、飲みで距離取るって決めたところだし? 肉体的にもセカンドステップ目指してるとこですし? 先のためにも俺ここは一肌脱ごうと思いまして!」
「…………」
「俺とリーダーは付き合ってるから、もう振り回すのやめろって」
──言ってやったわけですよ!
俺はもう無音のままムンクの叫びさながらの顔をして、硬直してしまった。
しばし固まったあと、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐いてどうにか僅かに落ち着きを取り戻す。
梶。フットワークが軽いのはわかっていたが。行動力があるのもわかっていたが。
いや、わかる。
俺が距離を取ると言った。いい加減諦めて片想いから抜け出したほうがいいんだろうな、とも言った。
だから手っ取り早くそういう行動を取ってくれた理由も気遣いも、ちゃんと理解できる。
できるんだが。
「……さ、……咲は……それで……?」
「ふーんて言って、帰っちゃいました!」
プルプルと震える声で尋ねると、爽やかな笑顔でグッと親指を立てられた。
やってやったぜ! といった意思を感じる。悪気ゼロの優しさだ。
だが混乱でぐるぐると目眩がする俺は、とりあえず梶の額をそこそこの力加減でそーっとチョップした。
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