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17(side翔瑚)

 ズビシッ! と鋭い音が鳴り梶が「んぎゃ!」と猫のような声を上げる。  バ梶。いや、俺を思ってやってくれたその気持ちは嬉しいが……嬉しいが……!  自業自得故に厳しく攻めることもできずにただただチョップを連打する。食欲? そんなものはとうに失せたわ。普通はみんなこうなのか? こうなのか!? 「ちょ、痛っ! 痛いですって!」 「……うん……せめて……起こせ……あぁ……」 「ええーっ! でもこのぐらい思いっきり突き放さないと片想いなんかやめらんねぇっすよ! あと意外とチョップいてぇっす! もしやあんた鍛えてるなっ?」 「それはわかるが……全ては諦めの悪い俺のせいとはいえ……そんな貴重な客をお前……そして咲はそれを聞いて、帰ったのか……それはそうか……うん……はぁ……」 「人の頭木魚みてーに叩きながらネガるのやめてくれませんー!?」  はぁ、と深くため息を吐きながら合間合間に梶の頭にビシッ、ビシッとチョップし続けると、ついに梶が涙目で騒ぎ出した。  お前な。これは先輩からのお叱りだぞ。  もう一つ大きくため息を吐いて、梶をチョップしていた手を引っ込める。  まぁ梶は勝手なことを言ったとはいえ、それは俺を思ってのことだ。  解放された梶は、一点をブレなく叩かれ続けて痛んだ頭を労わるようになでた。ちょっと泣いている。 「いてー……! 隠れマッチョのポテンシャルこえー……!」 「まったく……悪気がないとはいえ、他人の交友関係に一言もなく勝手に茶々入れるのは以後無しにしてくれよ」 「はいー……すみません」  言い聞かせられきちんと反省する梶。  よし、この話は手打ちだ。  食事を再開する梶に対して俺はブラックコーヒーを用意し、ひと息つく。失せた食欲は戻らない。追い返した咲も戻らない。 「でも咲ちゃん、あっさり帰ってくんですもん。本当に人の都合考えねぇし付き合ってるって言っても全然変わんねぇしで、個人的にもムカついたんですよ」 「それは……」 「そら予想と違ってでちょっと変な雰囲気だったけど……泣きも怒りも、ってか未練ありそうなこと全くしねーし言わねーし、俺はちょっと……いや! 来た時と同じフワフワ〜ってした感じで帰っちゃったから、拍子抜けですけどねっ」 「……そういう男だからな。未だに、イラついたところは何度も見たことがあるが、泣いたり怒ったりしたところは見たことがない」  梶の受けたイメージが俺とそれほど相違がなくて、力なく笑った。  誰が相手でも変わらなかった。  怒ったのか? と尋ねて当たったことがない。イラつきも一瞬で持続しない。苛立ちなのか気に食わないだけなのか気が向かないのか気分なのかすら、判別不能。  俺が咲以外を選んだところで、彼の感情が大きく乱れることなんかないのだ。  なんでも受け入れてくれる咲だから、俺の心変わりも受け入れてくれる。  それだけはちゃんと確信していた。  確信していたが、実際にそうだと少し、……キツイ。  心のどこかで少しでも残念がってくれるんじゃあないかと、期待していたから。  実際の様子を梶に言葉にされると、頭を強打されてないのに泣きそうになる。  ギュッ、とテーブルの下で膝の肉を抓った。  ツンとする鼻の奥は、この痛みのせい。

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