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18(side翔瑚)

 俺の微かな抵抗は、効果がなかった。  それに梶の言葉で俺に恋人ができたと知ったところで、咲はなにも気にせずいつも通り俺を振り回すに決まっている。  咲がどういう基準で人との関係を切っているのかわからないが、彼氏がいるのに誘いをかけてきた女の子を相手にしていたこともあったのだ。  梶はなにかに思いを馳せながら後悔めいた瞳でしょんぼりとこちらを見つめて、言いづらそうに話を続ける。 「やっぱまずかったです? 俺が行って、ちゃんと説明してきましょーか?」 「いや、構わない。どうせ変わらない」 「あー……確かに。会って初めて納得した気がする……なんか不思議な子っすもんね。俺の威嚇なんか効いてないと思うなぁ……」 「そういうことだ」  自分のせいで俺が落ち込んでいると思ったらしい梶に、俺は気にしてないと笑いかけた。良くも悪くも変わらないのが咲だ。 「でもかわいくはなかったですから!」 「なに? 笑顔がかわいいだろう?」 「いやそりゃ二次元みたいなすっげぇ美形でしたけど割とガッツリ男なんで! 背丈デカイし華奢でもねぇしっ。そこは会っても納得できねーっす」 「その顔と体にあの性格なのがいいんじゃないか。梶は咲の魅力をなにもわかってないな……」 「いやいやそれ恋愛マジックなんで。好きな人フィルターっす」 「あははっ」  つい腑に落ちない表情で梶がむーっと唇を尖らせる様を笑う。  食事を再開しながら、一度咲のことは無理矢理頭の外に追いやった。  メッセージを無視して、来訪を無視して、嘘まで吐いて、思考から追放して。  それでもいつも通りの脳みそは、すぐに湧いてくる。  会いたい。触れたい。  だって好きだ。大好きだ。愛してる。紛れもなく咲は俺の特別なんだ。  くだらないメッセージを送りたい。いつも凄く短い返事ばかり。それでも欲しい。  理由をつけて話したい。電話越しでも、あなたの声が聞きたいから。  毎日でも会いたい。笑ってほしい。俺をからかう声、表情、仕草、吐息まで全てに胸がキュンと縮む。咲、笑って。 〝バカだなぁ、ショーゴ〟って。  こんな気持ちを忘れないといけない。  わかっている。甘いだけじゃない。温度差に凍死しそうになるのが片想いなのだから、捨てるには全部忘れるくらいでなければ。  咲。聞いたんだろう?  俺は、お前でなくてもいいんだぞ?  お前のために磨いたカラダで、お前じゃない男に奉仕して、共に寝て、手料理を振る舞って、笑い合って。  本当に、なんとも思わないのか?  俺は、心が引き千切られそうだぞ?  お前を捨てようとすると、こんなにも感情線が掻きむしられるんだぞ?  こんな稚拙で拙い駆け引き、根比べ、全部投げ捨てて……今すぐお前だけを愛していると、縋りつきたいんだよ。 「てかリーダー、このあと予定ないなら俺と遊び行きましょ! ね!」 「仕方ないな。付き合おう」  笑って頷きながら、心のどこかが〝違う〟とすすり泣く。  お前のことを好きになればなるほど、俺のどこかが狂っていくような気がした。

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