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19(side梶)
俺こと梶 卯智 には、密かに尊敬している先輩がいる。
本来は営業マーケティング部の所属だが企画や総務になぜか指名応援で来ることがあって、仕事はそつなくいつも速い。
大きな会社だから自分の所属以外の業務なんか、覚える暇はないはずなのに。
性格なのか、真面目で丁寧で誠実で、任せた仕事は必ず終える。
だけどクライアントへの提案は大胆で、時には強引に推してくることもある。
その上硬派なイケメン。
でも話すと意外と気さく。
スーパーマンのようになんでもできる、まだ若いけれど一目置かれる先輩。
それが初瀬 翔瑚 ──翔瑚さん。のちのリーダー。
そんな完璧な人が長い間片想いをしていると聞いた時は、それは驚いた。
こんな凄い人にオチない女がいるのかって。
好奇心を刺激されて深く考えず息抜きになればと居酒屋に誘った俺は、そこで〝咲〟の話を聞いて憤慨した。
どう聞いたって、咲はリーダーで遊んでいる。
リーダーのこの綺麗な想いを何度も真っ直ぐに与えられながら、それを受け取らず無造作に弾き捨てている。
酷い男だろう? とリーダーは笑って愚痴を言ったが、俺は内心笑い事じゃないと憤って、面白くなくて仕方がなかった。
聞くだけで無性に腸が煮えくり返る。
真っ直ぐな曇りない目で語るリーダーの姿が、咲が好きでたまらないって、俺を好きになってって、いじらしいほど無垢で一途な想いの矢となって俺には届いた。
忘れてやればいいのにいちいち一つ一つされた酷いことを覚えていて、憤り、喚き、肩を落とす。
かと思えばほんの少しの幸せな思い出も覚えていて、嬉しそうに語り、微笑み、そして最後には寂しそうに俯くのだ。
それだけでなんとなくわかった。
この人は咲に恋をしたその日から、こうして生きてきたんだって。
酷い気持ちでも忘れられない。
幸せな気持ちなら尚のこと。
それでも相手はそうじゃない。
それを思い出して俯く日々。
毎日、毎日、ふとした瞬間、なにかのきっかけで、その人を思い出しては思考を丸ごと囚われる。
仕事をしていても、遊んでいても、思い出した瞬間に囚われてしまう。
咲を語るリーダーを見ていると、今まで忘れていたはずのずっと昔に落ちた初恋を思い出した。
好きで好きでたまらない。
そんな初恋片想い。
確か俺もそんな気持ちになった。
そしてリーダーはその気持ちを俺のように忘れず、未だに抱えて生きている。
理解した途端、俺は心臓が締め上げられるような息苦しい気分に陥った。
子どものような憤慨。プラス勢い。
尊敬する先輩を解放したくて、あーだこーだと口を出して、酔いもあったけど、まぁ、いろいろヤった。
ベッドの上で裸になること。
アルコールによって熱を持った素肌になるべく優しく触れると、リーダーはどうしてか、寂しげに目を伏せた。
手の温度が珍しいんだってさ。
咲の手はもっと冷たいんだって。
へべれけに酔ったかと思ったのに、咲に囚われて酒に溺れられない。
そんなリーダーを抱きしめながら、俺の中で〝とんでもないクズ男からとにかく引き離して目を覚まさせねば!〟という一念が燃え上がった。
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