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20(side梶)

 きっとお節介だったろう。  だけど俺なりに頑張ったわけだ。  これから少しずつ、恋の病を治しましょう。そんな気分。  ──だったのに。 『バーン』  突然病原体が現れたもんだから、俺は目をまん丸とさせて驚いたのだ。  ファーストインプレッション。  無感動な低めの声。血の気の失せた白い肌。雪のように淡い髪。  酷薄な瞳とスッと通った鼻梁に、愉快そうに歪んだ口元がよく似合う。  殺傷力がありそうなジョッキーブーツをカツン、と鳴らしたリーダーを悲しませる原因──咲ちゃんは、小首を傾げて現れたのだ。  話してみると妙な男だった。  ふわりふわりとテンポよく軽い口調で、ほぼトーンを変えずに薄ら笑いを浮かべてゆるゆると語る咲ちゃん。  容姿が万人受けする美形だというのはわかっても、誰の好意にも応えず気ままに生きているクズにしては、どうもズレている。  俺の知っているこういうタイプはもっと自己主張が激しい。  自己中? 俺様? とにかく利己主義。  人に迷惑をかけることを楽しむような、見るからにバカな男だ。  見てくれだけ強く格好つけて、人数で騒ぎ立てては弱いものを食い物にする。そして行儀よく立ち回って甘い汁を吸う。  そんな奴らばっかりだったのに、咲ちゃんはこの短い時間でも、奔放でありながら荒れず、ブレず、欲もなく、至極マイペースでいた。説明できない独特の空気感がある。  俺がここにいること、告げた内容。それにもまるで動じず、咲ちゃんは咲ちゃん然としていた。  それが腹立たしかった。  怒りも泣きもしない。  俺の尊敬する最高の先輩の綺麗な想いは、咲ちゃんのなにかを崩すことができなかったというわけだからだ。  プライドを庇って気にしていない体の虚勢を張るわけでもなく、そんなわけない、自分は好かれている、という自信を振りかざすこともなく、変わらなかった。  少なくとも、俺にはそう見えた。だからそうだと思う。  もしかしたら少し憎らしかったかもしれない。冷たいヤツだと蔑みたくなる。  でも……くるりと突然手のひらを返して去っていく背中は、薄っぺらくて、なにもなかった。  自分のセフレと付き合っていると言った初対面の俺を誘う冗談まで言った軽率なさり際。  そんな姿とは真逆の寒々しい背中だ。  なにを今更。  ほんの少しだけ傷ついてみせたって無駄だ。  リーダーはその何倍も悲しかったし、傷だらけになって縋ってきたはずだ。それを全部冗談だと流してきたのはお前だろ?  同情の余地なんて微塵もない。  わかっているのに──俺はその背中から、しばらく目を離せなかった。  咲ちゃんはきっと、意識しなくても人の中に少しだけ残ってしまう、魔物なんじゃないかと思ったぐらいに。 『ちょっと待って』  閉じたエレベーターのドアへ、そう声をかけてしまいそうになった。  意味なんてないのに。  出会う前は確かに憎らしく、とんでもないやつだと思っていた。殺意にも似た怒りすら湧いていたのだ。  訂正。  俺は咲ちゃんを思い直す。  咲ちゃんは罪深で、ズルい男だった。  ……俺の評価だけどね。

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