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21(side梶)
「あれ? リーダーは?」
「リーダーは定時で上がった~」
幼い迷子のように今にも泣き出しそうな表情を浮かべて退社して行った大好きなあの人を思い浮かべつつ緩い語気で答えると、同僚は珍しいー、と言って帰り支度を始める。
リーダーが定時に上がるのは珍しい。
自分の仕事はとうに片付いているのに、皆の仕事が一段落するまで更に仕事を探して付き合ってくれているからだ。
もちろんすぐに帰る時もある。
リーダーはリーダーだけれど、リーダーの上司──俺たちの課長や係長がいれば、見守る必要ないからだ。
だけど世話好きな彼は、たいていリーダーとして部下を気にかけている。
みんなのおしゃべりに付き合うフリをして、仕事をほんの少しサポートしてくれるのだ。
本人の成長を阻害しないほんの少し。
だから慕われているし、上の人にも好かれてる。
(……そんな、スゲェ人なのになぁ……)
俺はぼーっとしながら、主のいなくなったデスクを眺めた。
一晩泊めてもらってから一緒に朝食を取り、一緒に遊んだあの日のこと。
俺といながらもふとした瞬間に咲ちゃんを思い出して変な笑みを浮かべてばかりいた時から、なんとなくわかっていた。
きっとリーダーは、咲ちゃんのところへ行ったのだろう。
やっぱり我慢できなかったんだ。
年単位の片想いは、たった数日離れたぐらいじゃ到底忘れられるものじゃなかったらしい。
むう、と唇を尖らせてぶすくれる。
他の男との浮気も、仕事の鬼になることも、リーダーの中の咲ちゃんを超えられなかったということである。
ムカツク。
羨ましい。
一瞬会っただけなのに、理由もわからず納得してしまったとこもムカツク。
これだけ愛され続けて、あぁも無機物のような反応しかしないところもムカツク。
愛されなくて当然。
捨てられて当然。
なぜなら自分ができないから。当然だから問題ない。
矛盾した男だ。
当然なら問題ないわけない。
だけどそんなことを心の底から思われると、天邪鬼な俺たち人間は、アイツを愛してあげたくなるのかな。
あげたくなるだけで、咲ちゃんのことはやっぱり嫌いだけどね。謎すぎる。
「あ〜……くっそぉ……」
俺は不満げな顔を隠しもせずリーダーのデスクを睨みつけて、当てつけのように帰り支度を放り出してぶうたれた。
どんなにリーダーが咲ちゃんじゃないとダメだとしても、咲ちゃんが判断しきれない不思議なクズ男でも、ムカつくものはムカつく。
俺のリスペクトナンバーワンを奪い返されたことは、腑に落ちないわけなので。
「わぉーん……」
「卯智ー。早く帰ろーぜ?」
うるさいやい。
負け犬の遠吠え中なんだよ。
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