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23(side翔瑚)
出かけているなら出直そう。
部屋にいるならそれでいい。
ポーン。
エレベーターが目的地に到着するまで、緊張で体がこわばっていた。
ドアが開いて、そろそろと歩く。
ここはドアが少ないから、すぐに部屋の前へたどり着いた。
見慣れたドア。表札を見る。息吹 咲野。よし間違いない。深呼吸をしよう。五秒だけ待ってほしい。……よし。
ピンポーン。
震える指でインターホンを押すと、楽しげな軽い音が鳴る。
緊張しながらしばらく待ったが、主は出てこなかった。
もう一度押す。
そして緊張が少しほぐれるほど待ったが、やはり反応はない。
留守だろうか。
ノブを回すと、やはりというか案の定施錠はされてなかった。不用心だと何度か言ったことはあるが、不用心である意味が納得できない様子の咲は、施錠したことがない。
留守なら仕方がない。
外で遊んでいて電話に気がつかなかったのだろう。今日のところはお開きだ。
置き手紙でもして帰ろう。
はぁ、と息を吐く。よかったのか悪いのか、複雑な気分になる。
ドアを開けて中に入ると、部屋の中は薄暗かった。
インテリアのない玄関は寒々しく、リビングへ続く廊下にも当然なにもない。
咲の部屋にはいつも必要外の個性がない。個性がないのが唯一の個性だ。
玄関の端にカバンを置いて、いつものように靴を脱ぎ部屋に上がる。
実のところ、無人の咲の部屋に入るのは悲しいが慣れていたりする。
しかしリビングへ続くドアにたどり着く前に、洗面所のドアの隙間から、指がはみ出ているのが見えた。
「っ、は……?」
驚いて、呼吸が一瞬止まる。
なんだ? 誰だ?
誰だかわからないがなぜそこに?
ホラーは得意ではない。人間だと思う。思いたい。
俺は混乱する頭を落ちつけて腹を括り、一気にドアをガラリと開けた。
「──……ッ!?」
白い髪と、白い肌。
いつものくったりとしたティーシャツに、ゆるゆるのスウェット。
勢い良くドアを開けた先には、ぐったりと床に倒れ込む男──咲がいて、俺は声のない悲鳴を喉の奥で噛み締めてしばらくその場から動けなかった。
けれどピクリとも動かない咲を頭で理解した瞬間、すぐに駆け寄って頭を揺らさないよう慎重に抱き起こす。
「さっ、咲……っ! 咲、おい咲、どうした……!? っ」
熱い。
血の気が引いた。
触れた体が平熱よりずいぶん熱くて、慌てて額に手を当てる。
汗が冷え切った肌はひやりとしたが、すぐに沸騰しそうな高熱が手のひらに広がる。
抱き起こされた僅かな振動で意識が戻ったのか、熱い体から「ぅん……?」と呻き声が聞こえ、ようやく反応が返ってきたことに僅かばかり安堵した。
「さき……っは、よかった……!」
「んー……? ぁあぁー……また気絶してたカンジか……んー……」
「またっ? またって咲、お前いつから、大丈夫なのかっ?」
「うん、また。さっきも死んでたけど生きてら。アハ。もう起きてんだからダイジョーブダイジョーブ」
虚ろな目が焦点を探りながら俺を見るが、俺を認識していない。
咲は回らない舌をすぐに正して、いつものように掴みどころのない笑みを浮かべ、立ち上がろうと足掻いた。
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