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24(side翔瑚)

 しかしついさっきまで倒れていた人間が、すぐに平然と立てるはずもない。  当然のように目眩を起こしてバランスを崩し、俺の上に倒れ込んできた。 「おっと」 「! 咲っ」  俺は慌てて倒れ込む咲を抱きとめ、頭を胸に預けさせて抱きしめる。  大丈夫じゃない。大丈夫なわけない。  倒れ慣れているからって大丈夫なわけないじゃないか。  冷えた洗面所の空気は、汗ばんだ咲の体を急速に冷やす。自分で動くのは悪手だ。  俺は初めて見る咲の弱った姿にオロオロと狼狽して、咲の頬に冬の外気で冷えていた自分の手を当てることしかできなかった。 「咲、落ち着くまで、少しじっとしていてくれ。今無理に動くとまた倒れてしまう……本当に、熱が高いんだぞ……」 「アハッ。なんで? 俺、風呂入ろうとしただけなんだけど」 「いけない。そんな身体で風呂に入るのは、絶対に良くない……! 今は我慢してくれ。頼む、咲……」  風呂に入るためにここまできて倒れていた咲は、高熱だと言うのに風呂に入ろうとする。普段入れるのだから今も当然入れるのだとばかりにキョトンとする。  俺が諭すと、咲はふぅんと他人事のように息を吐いて、じっとこちらを見つめた。 「……? あぁ、てかもしかして、ショーゴ? ありゃ、気づかなかったわ」 「ぁ……そう、だ。俺、翔瑚だぞ」  俺のコートが冷たいのか、咲は頬を俺の胸に擦りつけて子どものように寄り添う。熱に浮かされて著しく思考力が低下しているのだろう。普段よりずいぶん本能的だ。  その相手が誰だかわからないのに、咲はいつも通りだった。咲は、危ない人。 「……や、はり……怒っている、のか……?」  ──気づかなかった。  咲にそう言われて、つい、弱々しい声で尋ねてしまった。  静かな洗面所にフワンと響く泣き出しそうな弱々しい俺の声。  咲は体が辛いのか単に億劫なのかんーとしばらく唸り、ややあってゆるゆると首を横に振った。 「んーん? 怒ってねーよ? 切れた人の認識が甘いだけ」  あっけらかんと「アドも番号もマインも消したかんね。目の前に来られても、終わったものとして処理してる人間だから反応が鈍くなるのね」と答えられる。  熱っぽい細々とした声で淡々と告げられる言葉は、俺の心をグチュリと膿ませた。  咲を抱きしめる腕の力がギュ、と強くなる。  恋人ができたことになっている俺は、咲に早々と切られていた、らしい。  切られて間もないからまだ覚えてくれていただけで、もうしばらく経てば完全に消える存在なのだろう。  なかったことにすることに関して、咲は容赦がない。 「っ、い、やだ……ッ」 「ん……ゲホッ……」  我慢ならなくなった俺は、咲に両腕を深く巻きつけ一等キツく抱きしめる。  チュ、チュと耳元にキスをして、必死になって子犬のように擦り寄った。 「全部嘘だ……嘘なんだ……俺はお前以外を選んだりしていない……っ!」  震える言い訳。  いや、懇願だ。祈りだ。懺悔だ。罵倒だ。当てつけだ。その全てだ。  今の咲は弱々しく、いつもの咲を装ってはいるものの人形ではなく、普段駆け引きの苦手な俺には伺い知れない本音や中身が見えるような気がして、自分勝手に吠える。 「今日まで咲からの連絡を無視したのは……もう、こんなのやめようと思ったからだ……酒の力と、後輩のせいにして、他の人でも慰められる体なら、咲じゃなくてもいいんじゃないかと思ったが……さ、最後までは、できなかった……」 「ふーん……?」 「そっ、それは本当だ! できるだけ咲にするみたいにしたが、できなかったんだっ……!」

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