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26(side翔瑚)
「つまりさ、あー……俺はオモチャなんだって。わかる? 咲野っていうオモチャ。エリカちゃん人形的な。サクヤちゃん人形」
「んでその俺に、ん、……ゲホッ……飽きたら、みんな去っていく。俺を捨ててね。ばいにゃん。ショーゴちゃんもようやく飽きたのかなーって思ってたのに、帰ってきちゃったの? 物持ちいいねぇ」
「俺人形で遊ぶにもルールがあるけど、他の遊びにもルールはあるっしょ? 同じだよ。ルールに触れなきゃオモチャは消費者を捨てねぇだろ?」
「ずっと一緒に遊んであげる、ショーゴ」
無邪気に歪む崩壊寸前の笑顔と、上機嫌に嗄れた声。
咲の言葉が悲しくてたまらない俺に、ちゅっと触れるだけのキスをする。
「ルールは守ってちょーだい」
声を潜めて囁き目を細める咲は、とても色っぽくて、俺の視線を奪った。
俺は初めて咲の口から咲の話を聞いた。
咲自身の話というか、咲から見た自己と他人の認識の話だ。
人形、というのは例え話だと思うけれど、噛み砕けばそのぐらい好意に対する自由意志がないということ。
咲が選ばないのはそういうこと。どれでもいい。どれも同じ。自分ですら。
全てが遊びなのか。
そう思ってしまうのか。
咲で人形遊びをする子ども。咲の中では、それがきっと俺たちなんだろう。
「……? ありゃー……なんでまた泣くの? ショーゴ、泣き虫っすね。哀れっぽくてイイけどさ」
気がつけば俺の頬にはまた涙の跡が幾重にも描かれ、咲はそれを揶揄した。
咲は泣かないから、俺は咲を想って泣いてしまうんだ。
「う、ん……咲、咲……好きだ……愛してる……俺はお前を愛しているよ……」
「あはっ、その冗談は飽きた。頭が痛くなる。動けねぇから喉踏み締めてあげらんねぇけど、ルール破りは愚かだねぇ」
「そう、だろうな」
「ショーゴ、風呂入んの我慢すっからベッドに運んでおくれい。床かてぇー」
「あっあぁ、すまない……」
抱えた咲の身体は、酷く軽かった。
体格と筋肉量に対してスカスカだ。
空っぽの中身を見たので、錯覚を起こしたのかもしれない。
尋ねるとこの数日まともに食事をしていないと言うから、そのせいだろう。
どういう人格を持ってどういう人生を始めたらこんなにも歪な人間ができるのか、俺にはわからなかった。
今までずっと、気づかなかったし、わからないまま過去より今の咲の視線が欲しくて精一杯だったから。
だけど、なんだろうな。
今腕に抱えるこの温もりを、自分の子どもを守るように、無償の湧き出る愛で埋めたいという気持ち。
それと、心臓が握りつぶされそうなほどの悲哀に満ちた気持ち。
二つがせめぎ合って壊れそうだ。
二つとも、咲への感情には違いない。
歪みとガラクタと無垢の塊。
カナシイ咲、カワイソウな咲。
熱に浮かされて弱った咲は浮かんだ言葉を選ぶ思考に至らず、普段は胸の内でしか言わないことを今は素直に伝えてくれる。
ずっと知りたいと思っていた彼の内側を、今日はちょっぴり知れた。
少しだけだが、ようやく理解できた。
──もっと傷ついて、もっと弱りきった咲なら……その時そばにいる俺に、咲は頼って縋りついてくれるのだろうか。
ギシ、と心臓が痛む。
また僅か、俺が狂った気がする。
オロオロと狼狽しながら咲をベッドに運ぶ俺は、今はその歪みに気がつかなかった。
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