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◇ ◇ ◇
──いわゆる典型的なクズが、もう利用価値がないと判断した女を捨てる時。
そういう時は、どうするんだろう。
知り合いのホストに聞いてみると、客と寝て指名を取っている三番手は〝借金まみれになった女はかけ逃げされる前に着拒して出禁にし二度と会わない〟と鼻にかけて語った。
ふーん、やっぱり?
と、俺はにへらと口元を緩める。
でもメンヘラタイプの女ばかりを狙って引っ掛けていた男なものだから、この間ストーカー化した女たちに結託されて、三人がかりで刺されたらしい。因果応報。
「そのあと女たちも死んだんだってさ。おもしろ。なぁ、オマエラもいつか俺を殺すワケ?」
「その提案はとても魅力的だが、私はそんなことはしない。咲の生きる世界でないと生きられないのに、わざわざ自殺することはないだろう?」
「アハッ。そーゆーキモいことを無表情で言ってくるところがアヤヒサの笑えるところだわ」
感想を褒めてやると、俺の話をじっと静かに聞いていた男は、血の気のない生白い頬をほのかに桃色に染めて嬉しげに頷く。が、表情はやはり決定的には変わらない。
薄いハニーブラウンの髪がサイドに流されて、涼しげに揺れた。
シルバーフレームのメガネが、切れ長の目元を理知的に彩る。
──世の中の酸いも甘いも噛み分けた上で純粋に濁った目をしたこの男は、忠谷池 理久 。
アヤヒサは俺より十以上も年齢が上のハイスペックな大人のくせに、クソガキの俺の言うことをたいてい叶える便利で趣味の悪い人間型ロボットだ。
意図的に変えたもの以外では滅多に表情を変えない。変わっても顔色や眉くらいで、必要外は常に鉄仮面。
俺曰く、真顔で放たれるギャグがアヤヒサのいいところである。
うーんと首を傾げていると、不意にアヤヒサの手にある馬鹿でかいアタッシュケースから、ゴンッ! と鈍い音が聞こえた。
おりょ、目が覚めたかしら。
この期に及んで活きがいいね。あんなに遊んであげたのに。
でも俺はもう飽きた。
んでもうキョーミねぇの。
一秒も視線をやらないでいると、アヤヒサがそっと足を上げて、俺の代わりなのかなんなのか、活きのいいアタッシュケースを高級革靴で蹴り飛ばす。
ドゴンッ! とエグい音がして、すぐにケースの中身が静かになった。
かわいい虫ケラちゃん。
もちろん五体満足だ。
優しく優しくしてあげた。地獄を見た虫ケラちゃんは、ちゃあんと解放してあげる。ってのにせっかちだなぁ。俺優しいのに。
ね? 虫ケラちゃんが奪ったお金は、虫ケラちゃんに稼いでもらわないと。
金なんて俺には価値がないけど必要なやつがいる。
変態の相手は楽しかっただろ?
お前の女を目の前で抱いてやったな。
あの子、竹を割ったようなノリのいい楽しい女だった。弟にお土産をあげて報酬をチラつかせたら一役演じてくれたんだ。
それを全部動画に撮ってあげた。
写真はSDカードにまとめてある。
悪いことができないよーに、内腿にヤキゴテで印をつけてやった。
痛い、痛いと泣くから氷で冷やしてやって軟膏を塗ってやったし、落ち着いたあとは、よく頑張ったなーと褒めながら優しくなでてあげた。
そう、大事なことだ。
暴力なんて、いらないから。
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