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11(side今日助)

 だけどあの日、この手は離され、咲は「じゃーね」と軽々しく背を向けて俺を置いて行こうとしたんだ。 「あんたはキレイな目をしてるから、きっとこれからも高値がつくよ。だからちゃんと、目玉を抉らない客を取るんだぜ?」  本当に、不思議な人だった。  あんたのほうがずっと綺麗だ。  どうして俺を綺麗だなんて。  俺はあちこち傷だらけなのに。  自分でも理解できない行動だが、俺は咄嗟に咲の背を追いかけて手を取り、気がついたら「なんでもするから俺を買ってくれないか?」と縋りついていた。  そんな迷惑な男である俺を咲が振り払わずに抱き寄せてくれて、始まった関係。  勝手に交換された連絡先をその日は無為に眺めるだけで、久しぶりに胸が踊った。  こんな気持ちはとんと感じない生活だったから、なんだか素敵なものを手に入れたような気がして、初日なのに体は売れなかったけれど損をしたとは思わなかった。 『今日は突然ごめん。  助けてくれてありがとう。  けど仕事なのも本当だから、気が向いた時にでも、よかったら呼んでください』  意を決してメッセージを送ると、半日後に『じゃー今すぐおいで』と住所が送られてきて驚いたことは忘れられない。  咲を訪ねてからは、俺のボロアパートとは雲泥の差があるマンションや鍵がかかっていない部屋にも驚きっぱなしだ。  開け放たれた窓の外のテラスに、昨晩縋った男の背中を見つけた。  晴れ渡る青空をバックに色素の薄い髪がサラサラと揺れると、彼が雲のように溶けてしまうのかと錯覚する。  言葉が出なくて、立ち尽くす。  電気のつけていない室内から動けずにいると、俺に気づいた咲はやおら振り返り、ゆるりと口元に弧を描く。 「おかえり。キョースケ」  ──おかえり。  黒が滲んで灰になったような、吸い込まれそうな瞳を細めて、笑って。 「俺ってちょー気分屋さんなんだよ」 「あ……そう、なんだな」 「そう。でもキョースケは気が変わるより早く来てくれるみてぇだから、あんまり考えないで済む。大事だぜ、そういうの」 「っ……」 「きれいだよ、キョースケ」  からかっているのか素でそうなのか。  咲の雰囲気や表情の作り方、話し方が絶妙で、俺は青空の中から歩み寄る雲に頬をなでられ、呆然としてしまった。  恋人に殴られてばかりだった頬を、無邪気な手のひらが、包み込む。 「十万やるから、尿道にブジー挿したままイ かせまくったら精液どうなるか試していい? あ、すぐ終わるしベランダで」  ただの優しい人じゃあない、と理解したのは、この瞬間。  それ以来、咲は気まぐれの思いつきを迅速に受け止める俺を気に入って、たまに買ってくれるようになった。  店を挟まず、直接俺を呼び出す。  堅苦しい手続きや予約が面倒らしい。  オモチャのように面白おかしく思いつきを試しては好きなように抱く。  ハンパに甘いセックスはしない。性欲処理目的だとわかるやり方。  第一咲は優しくない。  商品扱いされてなきゃきっと今頃あちこち手遅れだ。けっこー酷い男なんだぜ?  傷がダメだから裂けないようにめちゃくちゃ解してくれたけどバイブ二本突っ込んだし、ボディピアスはさせないけど股間にイヤリングしこたま着けられた。変態プレイはあんまりしないんだけどさ。ホント酷い男。  ……でも、そういうことをした時は、いつも多めに料金を払ってくれていた。  もちろん優しさじゃない。慰めも。  面白いものには価値があるという咲のルールでくれただけ。疲れてシーツに倒れた俺をケラケラと笑って札を押しつける。  クズだってわかってるのにな。  ただそれが、咲が値付けた、金額でさ。  そうやってずっと多めにくれたって、結局は全て俺の恋人のものになった。  紹介料だなんだって、律儀に回収にやってくるのだ。諦めてもいるし、愛情がなくなっても情が全部消えるわけじゃない。  報復をしようとは思わない。別れたいと願うだけ。聞き入れてもらえない。  いつからだろうか。  咲に貰ったお金を渡すのが、惜しくなったのが。  毎回それだけは使わずに貯めて、他のと混ざらないようこっそりタンスの奥にしまっておく。  店を通していないので恋人にバレずに済み、半年ほど貯め続けた咲のお金はずいぶんな金額になった。それでも使わなかった。  これは咲が俺を抱いた証。  俺で感じてくれた証。  独りよがりな夢を見れば、咲が俺を必要としてくれた証だ。  相場も下心も全部関係なく、咲自身が俺との行為が面白かったと出した金。  咲がつけた、俺の値段。  そう思うと使えなかった。

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