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12(side今日助)
だけど狭い住処の隠し場所は限られていて、ついに恋人にバレてしまった。
学校で留守にしていた隙にギャンブル代を漁りに来たらしい。
咲の金を全部溶かして更に無心に来た彼に、もう諦めていたはずなのに、泣き出しそうなやるせない怒りがとめどなく溢れて、とてもとても我慢できなくなくなって。
俺はもうたくさんだ、もうお前とは別れる、出ていってくれ! と怒鳴った。
──結果は、散々。
恋人は俺を私物として扱い見下していたから、逆上されて、ビール瓶でめいっぱい殴られてしまった。
たたらを踏んで倒れた先でタンスの角と出会い、ザックリ項を切って倒れる。
血を滴らせて蹲る俺を意にも介さず、続けざまに腹を殴られ、深く嘔吐く。
頭を守って丸くなっていると、散々蹴られたあとに赤く染まった首根っこをひっつかんで、畳の上に乱暴に転がされた。
あちこち痛くて、くらくらする。
ダメージの大きい体と目眩が襲う頭。
後ろから馬乗りになった恋人に髪を引っ張られた俺は、指一本動かす力もなくて、ぼうっと将来のハゲの心配をした。
恋人の手を滴る俺の血。
それを潤滑油代わりに犯された。
昂った雄が捩じ込まれても蹴られた腹が痛くて苦しいだけで、抵抗どころか意識が朦朧としている体は簡単に揺すられる。
俺が大人しいのをいいことに、恋人はテレビを見ながら道具のように使った。
声をかけられることもない。
気楽なバラエティ番組の音。
それを見て笑う恋人の声。
あんまり反応がないからと、面白おかしく灰皿代わりに押しつけられたタバコの熱が、俺の体に醜い傷を刻む。
痛いはずだが、痛くてわからない。
頭痛と失血で意識が朦朧とする体を淡々と抱かれながら、俺はぼんやりと、今日できてしまった傷を数えていた。
頭が切れた傷。項の傷。軋むアバラ。たくさんの痣。タバコの火傷。
こんな傷だらけの体。
咲には見せたくない。きれいな咲に釣り合わない。もうきっと価値がない。
『きれいだよ、キョースケ』
ふと、あの日の咲を思い出した。
咲は全部、ほんとうなんだよ。
咲の言葉には嘘偽りがないんだ。
嘘の愛してるなんか欠片も言わないし、俺を騙す気はこれっぽっちもなくて、金にもカラダにも困ってないから、俺の貧乏料理を本当にちゃんと美味しいって言うんだぜ。
チップを俺が本気で押し返した時、紙ヒコーキにして窓の外へ捨てたりする。
やかんの麦茶を珍しがるところ。
散々抱き潰した俺に風呂の準備をさせる酷いところ。
なのに狭い汚いと笑うところ。
そんな咲が、自分の弱さを食い散らかされた醜悪な傷が刻まれる俺のどこをキレイだと言ったのか、俺にはわからない。
でも、咲は全部、ほんとうだから。
咲の前では、きれいでいたかった。
咲の目に映る俺は、咲が褒めてくれた俺でありますようにと、思っていた。
今の俺は、傷だらけで醜い。
きれいだと褒められた瞳から、一粒の涙も流せない絶望の沼を揺蕩う。
──もう、証も、俺のきれいな部分も、どこにも残っていないんだろうな。
そう考えた時、俺は確かに思った。
思ってしまった。
彼がいなくなればいいのに、と。
今になって恋人の姿を見なくなったのは、そんなことを思ったからだろうか。
心の中にしこりが取れず罪を抱える。
連絡の取れない恋人に安堵しつつも僅かな負い目から連絡するが音信不通。
着信拒否をされているらしい。メッセージアプリはブロックもされている。
周囲の人に聞いてみても誰も行方を知らないと首を横に振り、部屋に行ってみてもとっくに空き部屋だった。借金取りがついに本気を出して、どこかに高飛びしたのかもしれない。
俺を置いて、逃げた。
そう思うとせいせいした。
だが姿の見えない所在不明の亡霊が時限爆弾のようで、未だに恐ろしい。
忘れた頃にふらりとまた現れるんじゃないか。解放されただなんて、錯覚なんじゃないか。
怖くてたまらない。
俺は、彼が怖いのだ。
本当はずっと、怖かったのだ。
想像でしかない恐怖と確かな安堵を抱える自分の浅ましさに息苦しくなり、しこりは膨らみ続けて勉強にも身が入らず、友人の誘いも全部断った。
誰かに頼られるのも、甘えられるのも慣れている。
それに応えるのは嫌いじゃない。
だけどいざ自分がそうしたくなった時、頼り方がわからなくて、目を閉じる。
まぶたの裏に浮かんだのは──金という最低の縁だけで繋がっているはずの咲だった。
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