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18(side今日助)
脳がクリアになるまで、そう時間はかからない。
体内を埋めていた肉茎が引き抜かれ、注ぎ込まれた種がダラ、と漏れ出した。
漠然と感じながら、もったいないなぁ、と乾いた笑みを浮かべる。
そんな情けない姿を咲に見られたいわけじゃないから、うまく力が入らずに重だるい身体をもぞつかせて、布団の隣に追いやっていた薄っぺらな毛布を手繰り寄せた。
芋虫のようにもぞもぞと這う俺を、咲は眠そうな瞳で眺めている。
疲れてるなぁ、と声をかけると、昨日まで熱を出して寝込んでいたんだ、とどうでもよさそうに言われて、俺のへらりとした笑顔は硬直した。そんなこと知らなかった。バカ。
咲曰く、昨日の昼ぐらいには熱が下がっていたらしい。
一人眠るだけでただただ退屈だった、と愚痴を言われて、俺は内心なんとも言えない味の悪い感情を抱えていた。
なぜか勝手にズーンと沈む俺を見て、咲は首を傾げて「頭おかしくなったの?」と的はずれな質問を飛ばす。
答えられるわけがないから、肘をついて覗き込む顔へ曖昧に相槌を打ち、誤魔化すように手の甲を擦りつけた。
滑らかな輪郭をなぞる俺の手の甲は、未だに火照っているわけだが。
「ん、ナニ? ほっぺ剃り残しある?」
「ないよ。あっても色素薄いだろ? 咲は。しかもカミソリ負けするしなぁ……」
「え、バカにしてんの? やっぱいつも通りの面白おかしいセックスのほうが良かった系?」
「そ、それは勘弁……きれいだって褒めてんの。受け取っとけよー」
「脳ミソ沸いてんね」
素直に褒めただけなのに、酷い吐き気を催したように舌を出しながら顔をしかめられた。
相変わらず、外面に対する自己評価が驚くほどズレている男だ。
自分で自分を持ち上げて茶化すジョークはいいくせに、人に言われる賛辞はすべからく突っぱねる。
俺から見るとこうも人間味のない美しい人間は、そうはいないと思う。
そこまで容姿の美的感覚が狂ってるわけでもないはずが、自分に対しては異常な物差しの歪みを持っている。
「あー、酒ねぇのかよ」
「ねーなー」
ケロッと表情を入れ替えて尋ねる咲。
身型を整える咲と取り留めのない話をしながら、俺の口元はゆるりと緩む。
どこか枠に当てはまらないところがある不思議な咲と共にいると、いつか感じていた不安は、いつの間にか霧散していた。
「あ、そんじゃ今のお金払っちゃうから、キョーちゃん酒買ってきてよ」
「足腰立たない相手に容赦ねぇな……」
思いつきを口にして、咲は珍しく持ってきていた軽そうなレザーのボディバッグを手繰り寄せ、ガサゴソと中を漁る。
それほど間を置かずに目的の物を手に入れた咲が「はいお代」と差し出した封筒は、一瞬時が止まるような厚みがあった。
お代という名をつけて差し出すには厚みがおかしい封筒だ。
俺はポカーンとマヌケに見つめる。
「……え、なん、の?」
「セックス。今の」
「はっ!? いくらだ!?」
「三百二十八万、プラス、お前の店の正規料金二万。で、三百三十万?」
開いた口が塞がらない。
その三百二十八万円はどこから出てきた? 俺は体じゃなくて臓器を売ったのか? いやそれにしても多いだろ。
臓器の相場なんてわからないけど、一晩いくらじゃ済まないことはわかる。
「ほら、キョースケ」
バサッ、と目の前に落とされた封筒が重い音を立てた。非常識な音を。
咲はそれで酒でも買ってこいと言わんばかりに興味の薄い目で俺を見ている。
いや。いやいや。
そもそも、ゲイでもないセフレが何人もいる色男が性欲処理で男に万札を支払うこと自体不思議なのだ。
思いつきを試すくらいで、咲が自分から俺を買うことはあまりない。
俺が恋人の要求した金を払えない時に、こちらから頼んで買ってもらうことが多かった。
それでも世界に頓着しない咲は、財布から適当に引き抜いた札をまるまるくれる。
たいてい多めに払われるそれに、俺はいつも申し訳なさを感じていた──が。
これは、申し訳ないどころじゃない。
受け取れるわけがなかった。
「ごめん、なんでこうなったんだ?」
頭の痛い思いをした俺は、額に当てた手を下ろし、引きつった笑みを咲へ投げた。
「あ? お前の金がお前に戻ってきただけじゃね? カレシに貯金からなにから根こそぎかっさらわれてんなら、慰謝料込みでいくらかが返ってきたと思っておけばいーよ」
「そ、それを咲が払うって? バカ、チップじゃまかり通らねーぞ……! それに今まで咲がくれたお金は全部アイツに……」
「ふーん」
「っ……だから、その……」
消え入りそうな声が薄れていく。
口ごもったのは、もしかしてという想像に過ぎない予測が、取っ掛りもなく辻褄を合わせたからだ。
ギュ、と眉間に皺を寄せた。
クシャクシャの顔で瞳を震わせる。それから少し俯き、視線を上げる。
「こ……こんなに良くしてくれたって、これはまたアイツに、持っていかれるんだよ……俺のことは、いい……から……」
「海の向こうから盗りにくるって? そこまで執念あったらすげーね。まるごとやるよ、俺の通帳」
「……ぁ……」
くく、と咲が喉を鳴らして笑った。
俺は泣き出しそうな、溢れだしそうな、弱い表情で咲を見つめる。
腕を伸ばして、咲の手を取った。
いつもよりほんの少しあったかい手。
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