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06(side蛇月)
『そのへんで遊んでて?』
用が終われば会いに行く、と言った咲がそう命じて通話を切ってから、俺の待ちぼうけはゆうに六時間を突破していた。
事の発端は咲からのメッセージ。
ドMとしてマゾの生態を手短にレッスンしてくんね? というそれ。
無茶ぶりもいいところな内容はさておき、オフだった俺は降って湧いた咲発信のマインを大義名分だと喜び勇んで、嬉々として電話をかけたのだ。
でもなんで急にSやらMやらと言い出したんだろ。
咲はそういう俗物的なコト興味ある感じしなかったのによゥ。
今まではたぶんなかった。
本人も自分がどうこう言ったことは無かったし、俺にマゾだと言う時は愚かしいという嘲笑である。
コロコロと転がりながら咲のことを考える。
咲のことを考えて紐解けば咲に近づけるので、俺はよく咲のことを考える。
咲はマゾになりてェのかナ。
オレをドMだって鼻で笑うケド、咲は無自覚ドSだもんナ。
う、ん? ドS?
ンー、違うかもしんねェ。動くのめんどいってボコられてた時もあったし。
自重の効く一般的なサディストとして当てはめるなら、咲はあれほど奉仕精神に溢れる生き物ではない。
とはいえ真性のサドは奉仕精神など持ち合わせておらず、相手の都合の一切を無視して自分の嗜虐心を満たす性質を持つ。
すると、咲は真性だと思う。
相手の気分は尋ねないからだ。
でも特別に人をいたぶることに針が触れているわけじゃない。
いわゆる殴る蹴るという暴力や、鞭、ロウソク、血を見る傷をつけることや支配することはアソビの一つな気がする。
じゃあただの外道? 鬼畜? 人でなし? なんだ?
とりあえずネジがぶっとんでるだけで、人に見下されたりコケにされても特に気にしてないしなァ……。
迷宮入りの咲の嗜虐に一つ法則があるとすれば、思いつきを是が非でも通す時はただの実験なんだよな。
純粋無垢なマッドサイエンティスト。
ンン、なんでもいい。
俺は咲が咲なら愛している。
主をテリトリーと定める俺を咲の飼い猫だと揶揄される所以。
そんな思考も六時間稼働し続けると愛しさが増幅するだけで、行き着くところは変わらない。
あの日あの時の屋上で、透けるようなアッシュブロンドを煌めかせたカミサマに、声をかけられた時から、ずっとだ。
歌うことが好きな以外はなんの取り柄もない、ひとりぼっちの真昼の白月。
『ねぇ、子守唄歌って? さっきまで、夢も見ないで眠ってたんだ』
『お、俺、下手だ』
『なんで? いーよ』
俺の手を取って貯水タンクの影に引っ張りこんで、柔らかく目を細める。
『へたっぴな歌でも、俺は好き』
そんなカミサマとの出会い。
定期的に無意識に全てをなぞるこれは、掠れもしない聖典だった。
俺を褒めて、俺を抱いて、俺を温めて、俺を救って、俺を変えて、俺の世界に色をつけたのは全部カミサマ。
カミサマがサディストなら、俺は稀代のマゾヒストになる。
カミサマがマゾヒストなら、俺は至高のサディストになるのだ。
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