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06
春木と同時期に出会った同じくらい付き合いの長い理久は、泣いていた。
けれど春木は、笑っている。
肌を合わせ、体の一部を受け入れ、熱を共有していなければ、特別な関係ではないのだから、壊れることも壊されることもない。
抱き合ってしまえば溢れ出る心を抑えるために。
傍目に見ても〝普通の友人〟ではない存在にならないために。
それは春木が手に入れた、絶対に咲野と離れずに隣に立ち続けるための最低条件。
「ダチだろ。俺だけは、対等だかんな?」
「あーね。そいやダチはそうか。ダチのハルは、俺が親父にフラれても、愛とか恋とか無理めでも、どうでもいいから関係ねーの」
「うん。そーそー」
類は友を呼ぶと言うなら、春木は類が呼んだ友なのだろう。
並大抵ではない覚悟。
異常とも狂気とも言えるそれは、裏を返せば深い深い、底なしの愛情である。
咲野が手を離すと春木はやおら起き上がり、その隣に寝そべる。
真上では空は見えないが、陽の光が差し込んで春の陽気が心地いい。
「今日さ、ただの咲野になったぜ」
「んじゃ、俺も今日からただの春木だわ」
咲野と春木。
肩を触れ合わせ、薄ら笑いを浮かべながら、廃棄記念日をしばらく過ごした。
生きていなければいけないルールがなくなったが、気ままに死ねば、彼はまた引き止めるのだろう。
ならばそれは無駄なことだ。引き止められるのを押してまで通したいほど、咲野は自分に興味がない。
少し、疲れている。
一縷の望みも断絶するような失恋をした。実の父親に、だ。
失恋と言うには、恋のなんたるかが不明瞭ではある。
さしあたって二十数年の従順が恋とするならば、愛情に続き、恋情まで枯渇した。
不信を通り越して無関心へと変わる。
好きだ、好きだと言い続け、頑なに離れていかない数名を思い出しても、その人を馬鹿にした態度や口を消してやろうという気すら起きなくなっていた。
だって、あまりに身勝手な要求だ。
冗談を真に受けたところで咲野には同じものを返すことはできない。信じることもできない。今なら、だからなに? と軽々しく流す。泣くだろう。責めるだろう。酷い話だ。
どうせ廃棄される恋愛。
そう思ってしまう呪いにかかっているから、受け入れない。
未来はわからないじゃないか! と叱られ、まぁ一時的に受け入れたところで、自分はそれらしい愛を返せない。
ほら、どちらにせよ最低最悪のクズ野郎と揶揄される。だから冗談は真に受けないことが一番マシな選択肢だ。お互いに。
恋愛なんてただの殺し合いなのに。
「あー……めんどくせぇな……」
時折、思う。
どうして人間に産んでくれなかったのか、と。どうして人並みの心を得られなかったのか、と。
心ないクズには、人生が長すぎた。
うすらと目を開ける。
咲野の手を、上体を起こした春木がぎゅっと握りしめていた。
春木は眉間にシワを寄せ、泣きそうな顔で笑っている。あぁ、なるほど。つぶやきの意味を理解したのか。
それにしては、変な顔だなぁ。
「ゲーム、しようぜ」
「いーよ」
間を開けず頷く。
唯一無二の友人だ。
春木の言葉は、比較的尊重している。
強く握り返した手を口元に寄せ、左手の薬指にキスをしながら笑みを浮かべた。
「人生最大の契約らしいよ、結婚」
「いい趣味してるよな、咲ちゃん。それ、賭ける」
「んー」
「咲が勝ったら、俺の指は生涯お前のもの。俺が勝ったら、咲の指は生涯俺のもの」
「オーケー爪切りもしねー」
ククク、と喉を鳴らして笑い合い、似た者二人でルールを定める。
どちらにしろ春木が咲野に生涯を捧げることになるということは、春木はこのゲームの勝敗に興味がないのだろう。
つまり〝どんな結末だろうと、自分だけは咲野のそばにいる〟という意思表示だ。
ならばゲームの内容がなにであっても春木は変わらない。舞台に上がらないらしい。
咲野は唇を寄せた春木の薬指を、今度は口内へ招き入れ、ジュプ、と啜る。
僅かに「んっ……」と声を漏らした春木は、悔しげに頬を赤くした。
ただの友人だが春木は欲情しているような目をしていて、疑問に思い、一度強く吸ってから指を離す。
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