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03(side翔瑚)

 罵倒されるのは怖くてたまらない。  いつも、受け入れて、受け入れてって、震える気持ちを込めて告白している。  俺がいつも通りの咲いわく戯れ言を贈ると、行き先を思案していた白い頭が振り向き、小首を傾げて僅か不愉快げに眉を寄せる。 「あ? ……あー……ショーゴか……まぁ、お気に入り……に、見えるらしいしなぁ……。……んー……」 「ん、ん……?」 「…………うん。まぁ、いいよ」  ──いいよ。  夢にまで見たその瞬間は、あまりにも突然で、理解は追いつかないもので。  どんな否定の言葉が与えられるのか、そう身構える俺の耳に、淡々と、そしてあっさりと、狂うほど望んだ声と言葉がヒラリと触れた。 〝いいよ〟……?  いいよ、と言ったのか。なるほど。  確かに、俺は何度目かはわからないが毎度本気の告白をしているからな。  その先に進むかどうかの返事があるのが一般的で当たり前だ。それはそうだ。実際そんな不満を梶に零した記憶もある。  そして咲は、いいよ、と。 「っ……!?」  理解が現実に追いついた途端、こぼれ落ちそうなほど目を見開いて咲を凝視する。  うまく言葉を紡げない唇がみっともなく薄く開閉するが、すぐには声が出せない。 「彼氏……は、たぶん初めてできたわ。ヤりたがる物好きはたまにいるけど、まーあんま男に告白とかされねぇしな。性欲重視。そう思うと聞き分けのいいアイツらより、お前は確率高かったか。ブラックジョークを懲りずに言い続けんのってお前くらいだし」 「……、……さ、き……」 「うん?」  どうにか声を絞り出して名前を呼ぶと、俺の痛がる顔を見ようとしていた時と、同じ顔で首を傾げる。  あまりにも普通だ。白昼夢だったのかもしれない。  時が飛んでいたのかもしれないし、俺の妄想なのかもしれない。 「やっぱやめる?」 「いッいやだッ!」  気まぐれに反故にされかけて、反射的に身を乗り出して咲の手を取った。  その手はとても冷たくて、冷え性の咲の白い手が、俺が触れると少しずつ温かくなっていく。 「……つ、付き合って……くれるのか……? 咲は俺、俺を……好きに……?」 「そーね。……ショーゴ、好きだよ。そういう愚直で馬鹿真面目なトコ、割と好き。だからとりあえず、付き合おっか」 「ッァ……あ…う、ぅ……っぁぁ……っ」  いつもよりずっと、優しい声だった。  耳に染み込むその言葉たちは、そうだったら、という儚い夢じゃなくて、紛れもない現実だ。  耐えきれずに、握った咲の手を両手で握りしめ、神に祈るように額に|抱《いだ》きながら、壊れた心の蛇口からたくさんの涙を溢した。  ──ずっと……ずっとあなただけに恋していた。  ずっとずっと、ずっと。  あなただけを愛していた。  訪れることのないいつかを夢みて、少しでも魅力的になるように、少しでもあなた好みの人になれるように。  あなたに愛してもらえるなら、どんな努力もしようと生き続けて。 「ひ、ぅっ……ゆ、夢みたい、だ……っお、俺は……ずっと、咲に愛される、生き物に……なりたかった……っ」 「……ん、じゃあ……ショーゴのままでいいよ」  大人の男が力いっぱい握りしめるせいで咲の手は痛いほど軋んでいるはずなのに、咲は振りほどくことはなく、自由な手で俺の髪をなでてくれた。  ポロポロと涙をこぼしながら俯いていても、その手の感触は脳髄まで響く。 「お前の涙、マグマみてぇに熱いな」  ぽそりと呟かれた言葉に返事もできず、俺はついにゆっくりと崩れ落ちて、それからしばらく咲の手を神に縋る信者のように抱きしめながら、泣いた。  本気で愛した人に愛された奇跡に、これまでの人生の全てを感謝した日だった。  俺は間違いなく、幸せの頂点に立っていたのだ。

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