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06(side翔瑚)
──休日。
あの日、チケットの時間が過ぎて見れなかった映画を二人で見た。
サプライズはやはり危険と学んだ俺が満を持して正面から誘うと、咲は間を置かずにいいよと頷いたのだ。
時間に遅れることもなく、気まぐれに行き先を乱れさせることもなく、俺の歩幅に合わせて歩いてくれた。
ふと手を繋がれた時は驚いてしまって咲は首を傾げたけれど、人通りの多い道を見ると「あぁ」と呟き手を離す。
俺が人目を気にしたのだと思ったらしい。そして俺の居心地を優先してくれたのだ。
本人は絶対に気にしない事柄で理解できないだろうに、行動を曲げるなんて。
ほんとうは、人目は気にはなるけれど手を繋ぐことよりは大事ではなくて、咄嗟に驚いたことを酷く後悔した。
隣で歩く咲はちっとも気にした様子もなくいつも通り。
俺はすごく残念だったのに。だけど、寂しくはなかった。
目的の映画は今話題の感動モノだ。
挫折を繰り返しても夢を諦められないミュージシャン志望者と、才能に恵まれているのにミュージシャンに興味がなく仕事を辞めたいトップアーティストの物語だった。
『お前すげぇよ! お前の歌は脳みそ揺さぶられるッ! 俺が俺を全部ありったけ注いだ曲は誰にも響かなかったのに、お前がゴミ箱に捨てた曲はこんなにも世間を虜にするッ! そんなお前が逃げんなら俺はどうすりゃいいんだよ!』
『うるせぇな! 俺の歌は世間を救ってるかもれねぇけど、俺を救わねぇんだよッ! 俺はこの仕事が辛くて仕方ない! そういう周りの言葉はな、俺にとっちゃ〝あなたは針のムシロに座り続ける才能があります〟って言われてるだけなんだ!』
自分の宝が他人のゴミ。
真逆に向かって走りながら衝突する二人が、お互いの道を前へと進んでいく。
きっかけはありきたりでストーリーは大味だが人間臭いダブル主人公と彼らを演じる俳優陣の演技が素晴らしい、最後にはハッピーエンドとなるいい話だった。
シアタールームを出た頃には、俺はめそめそと潤いをにじませた目をしていたくらいよかったのに、咲は少しも表情が変わってなかった。恥ずかしい。
「展開が急なところもあったけど題材はよかった。頑張ったってうまくいかない人と、それを難なくこなすが嫌悪している人。人それぞれだ。最後はうまくいってよかった」
「ハッ、もう泣くなよ。泣き虫。不細工」
「ぐン……ッ」
会社の近くの俺がよく行くカフェでお茶をしながら映画の感想をしっとり語ると、咲は赤くなった俺の目をおしぼりでぐりぐり詰る。
目玉が取れそうだ。でも、言外に「これで冷やしてろ」と言うことなんだろう。
浮かれた頭は些細なことも都合の良いほうへ考えてしまう。
長く自分ばかり語っていたことに気がつき、お絞りを受け取ったその手の隙間から、上目遣いに咲を伺う。
「その、つまらなかったか……?」
「あ? あー……いや? 下手くそ主人公が自分のギター壊すシーンはけっこーおもしろかった。あと……もう一人が社長にアーティストやめるって言ったら社長がじゃあお前はいらねーっつた時、なんで怒ってたの? あれわかんねー」
頭のいいやつが見る映画って難しいわ、と言いつついつも通りにんまりと笑ってクリームソーダのアイスをつつく咲に、俺は呆れてがっくりと肩を落としてしまった。
なんだかこう、楽しみ方がズレている。
そこは笑いどころじゃないと思うぞ。
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