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07(side翔瑚)

「咲、あのギターを壊すシーンは悲しむところだ。夢のために、自分の名前をつけた半身に等しいギターなんだぞ……?」 「あらら、そなの」 「そうだ。それに嫌だと思いながらも社長を思って働き続けていた自分を、アーティストじゃないお前はいらない、だなんて言われたら、怒るだろう……情もなにもないじゃないか」 「アハハ! じゃあ壊さなければいいんじゃね? タイセツなんでしょ? 矛盾してんだよ。ウケるよな」 「いやあれは現実と夢のギャップに苦しんだ葛藤の結果……」 「ギャップっつかわかりきってた事実だろ? アーティストとしてのアイツを求めてたわけだから、それがないならいらねーよ。情は知らねーけど理屈通ってんじゃん」 「でもそれじゃ人情で頑張っていた彼の気持ちが一方通行で……うぐぐ……大丈夫だ。今度は咲の好きな映画を見に行こう。ちょっと疲れたぞ……」  映画の意図がまるで伝わっていないから説明したのだが、声をあげて笑う咲。  交わらない平行線に俺は特大のため息を吐いて、程よいキレのある温かいコーヒーに口をつけた。癒される。  恋人同士になってから咲は俺に優しくなったが、価値観は咲のままなのだ。  俺以外には優しくないし、複雑な感情論は殊更シビアに見ている。  できればもう少し感情豊かになってほしいが……難しそうだ。  喉を潤してソーサーにカップを置く。 「疲れたの?」 「っ」  すると不意に額を冷たい手のひらに包まれて、ビクリと体を震わせた。 「んー……俺感覚鈍いからわかんねぇわ。ダルい? そこらにホテルあるし、寝る?」 「い、いや、大丈夫だ。もう元気だ。それにまだ昼間なのに今からするのはその、ちょっと……」 「ぶっ、なにやらしー想像してんだよ変態。純然たる睡眠のお誘いデスケド?」  真っ赤になった俺の額からぬるくなった手が離れていった。  ニヤリと挑発的に笑みを見せつけられ、それこそ高熱に冒されたように羞恥で頭が茹だっている。  だ、だって咲は普段から突然スイッチが入るんだ……!  そうなったら直前に寺や神社で祈りを捧げてようが教会の祭壇だろうが、時間や場所は問わずにあれよあれよと俺は抱かれている。  ……まぁ、咲に誘われた俺が本気で断れないからというのもあるのだが。  今のはそう思っても仕方がないと思う。  抗議の気持ちはあるものの恥ずかしいことには変わりがない。そして俺が恥ずかしがると咲は俺の羞恥心を笑って抉る。  もし今の言葉で本当にその気になっていたらどうしよう。  おどおどと伺ってみる。  かき混ぜられているクリームソーダとアイスが同化し、白濁としたメロンソーダ。 「そんな目で見られっと口で言えない酷いことしたくなんだけど……ショーゴが嫌ならしない」 「っあ……」  咲が、したくなったことを我慢した。  もちろん口で言えない酷いことなんてされたくないのに、肘をついて顎を乗せる咲を見つめる俺は、なぜか寂しくなって小さく声をもらしてしまう。  だけど、それは俺が嫌なことはしないという思いやりの気持ちだろう。 「疲れてねーならボルダリング行こ? 知り合いがコース増えたからおいでつって。タダで遊べんの。ついでに写真撮られてネットの宣材に使われるけどいーよな」 「え、と……か、顔は嫌だな」 「おけま。リンゴみてぇな色だって、バレねぇように仮面でも買ったげる」  咲の指先が俺の頬に触れる。  夢のような幸福なのだ。  優しい気持ちが咲に芽生えたことに、俺はキュゥ、と胸が締めつけられた。

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