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08(side翔瑚)
◇ ◇ ◇
俺は、どうしてこんなところにいるのだろうか。
特に問題もなく二人きりでお互いの行きたいところへ行き心が満ち足りた一日の最後にて、俺はべっ甲色の液体が揺れるグラスに死にそうな目で問うた。
薄暗い店内に淡い照明。
コンクリート調の壁と滑らかな黒い床や内装に、赤の差し色が目に映える。
ここはいわゆる、SMバー。
普通……と言っていいのかわからないが、SMバーといえばスタッフは全て女性であることが多い。しかしこのバー、サンリエッタはスタッフが全て男性なのだ。
客は男性か恋人同伴の女性に限る。
それ以外は恐らく変わらない。
当然のように四つん這いの男がいたりする店内だが、半数以上はただ酒を飲みながらちょっとした拘束なんかを楽しんでいた。
それでもアブノーマルな酒場へやってきたことなどない俺には、おしなべて異空間でしかないのだが。
咲のエスコートはいつもこうだ。
俺の予想の範疇を飛び越える。
俺はただ軽く食事を済ませたあと部屋に誘うつもりで「少し飲みたい」と言っただけなのに、咲は美味しい酒が飲めると笑って手を引き、SMバーのドアを開いた。
ホットコーヒーがベースのローヤルコーヒーパンチは十二月の寒さを和らげる。
コーヒー系の酒はたいていクリームや砂糖が入っているが、これはそうじゃない。
──確かにとても俺の好みだが……!
「はぁ……」
そういう問題じゃない。
そういう問題じゃないんだ、咲。
好みであればあるほど本当に美味しい酒を飲ませるために連れてきたのかと痛感できて、俺はガックリと肩を丸めた。
いくら美味くてもどうにも落ち着かなくて居場所に困る。振る舞いにも困る。
なのに当人はまるで気にせず、時折声をかけるスタッフや常連客と言葉を交わしつつ至ってクールに俺の隣でグラスをかたむけアルコールを楽しんでいる。
無理だ。俺にはできない。
人が宙吊りにされている光景を見ながら酒を味わう余裕なんかないぞ。
あいにく俺の心臓にはまだ毛が生えていなかった。鋼鉄製でもなかった。
「ショーゴ、不味い?」
「いや、すごく美味しい」
「じゃーなんでサゲてんの?」
テーブルに向き合ったままステージから顔を背けている俺に、酒が気に食わないのかと思ったらしい咲が小首を傾げた。
不意に俺の顎を取り、チュ、と唇を触れさせててついでに舌で歯列をなぞる。
「っ」
「んー……不味くはねーかな。俺はサルマのほうが好き」
「そ、そうか」
味を確認するためにキスをする。
ほらな。そういう行動を不意打ちで行う男が俺の恋人だ。柔らかな俺の心臓なんかとてももつわけないじゃないか。
アルコール以外の要因で頬が赤くなったことを誤魔化すように、咲の手にあるグラスへ視線を向ける。
「あ、っと……それは、美味しいのか? っん、む……!?」
尋ねた直後、今度は俺の唇が深く舌を絡ませながら奪われてしまった。
「ふ……、っ……ン」
手元のグラスから酒が零れそうになりどうにかゴン、とテーブルに置く。
鼻腔をくすぐるアーモンド臭。杏仁の特徴的な甘さが程よく酒を緩めていた。
舌を絡めて、唾液の混じった酒の味で感じさせられるキス。
こういうことに関してはいつまで経ってもうまく応えられない俺は、器用な舌に口腔を犯されて喘ぐ。
「ン、っは、な、なんっ……?」
「ほら、アマレットティー。うまかった? まずかった?」
ちゅう、と唾液を啜り唇が離れた。
取られた顎が震え情けなく見つめる。
やっぱりどこにいてもどうしても、咲はいじめっ子だ。
赤い舌で唇を舐めながら薄ら笑いとともに尋ねる咲は、俺の質問の答えを俺自身に確認させた。
俺の飲む酒の味を確認するために俺にキスをし、自分の飲む酒の味を確認させるために俺の口の中に舌を突っ込む。
そういう困った男。困らせる男。
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