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09(side翔瑚)
顔中を火照らせた俺は覇気のないままに脱力し、咲の体にトン、と身を寄せた。
腕が腰に回る。くそ、嬉しい。
よくわかっていないくせに抱き寄せてくれるのが咲だ。好きだ。あぁもう。
「う、うまかった」
「そりゃーようござんす」
「だけどその、キスじゃなくてもよかっただろう? 咲が教えてくれれば……」
「アハッ、なんで? 個人が主観で感じた味とかなんの参考にもなんねぇだろ。ショーゴの舌に舐めさせねぇと、ショーゴが美味いかわかんねぇじゃん」
「また即物的な……そんな咲でも俺は好きだが、咲に足りないものは事前の連絡とその行動を受けた相手の感情配慮だと思う……」
「へー……感情、足りてねぇか」
「? あぁ。言葉にしてくれればわかるかもしれないが……俺は、その、咲の恋人だからな。酒が入っている時にそう何度もキスをされると、ここじゃ困る」
そういう感情への配慮だ。
咲相手ならば、触られながらキスをされただけで欲情するような体である。
性的なものとの距離が近いこの空間で、アルコールに後押しされている俺は、簡単にその気になってしまう。
長い期間咲からの愛情に飢えていた俺は、枯れた大地に雨が染み渡るように、咲との触れ合いを求めるわけだ。
キスは、嬉しいんだけどな。
かなり嬉しい。二人きりの場所でなら、いくらでもされたい。
「言葉に、って、やればいいの?」
「っ」
腑に落ちない様子の咲を不思議に思いつつもなぜいけないかの理由を話す。
すると咲はしばらく考えをめぐらせてからグラスをテーブルに置き、目の前の俺をトンと抱き寄せた。
自分より少しだけ小さい低体温気味の体に、軽く腕の中へ閉じ込められている。
硬直している間に頭をなでられ腰を抱かれたまま上体が離れると、俺と違い涼しげな顔が蠱惑的な笑みを浮かべる。
「感情な。お前が困るならもーやんねーしちゃんと感情も思考も口に出してやんよ。ショーゴの困った顔は、割と好き」
うっ、と口ごもった。
ドキリとする。表情がズルい。体がすみずみ火照って暑いし内側のあれもこれもがドクドクとうるさい。
「ちな、今は〝コイツ完ペキ発情してるくせになんで我慢してんの?〟って思ってる」
「っな……!」
しかし至極不思議そうに笑顔のままでクリ、と首が捻られ、惚れた欲に溺れかけていた俺はぎょっと目を見開いた。
み、見抜いた上で指摘していることがもう俺を困らせていると思うぞ……!?
「あんまわかんねーけどショーゴが我慢するなら俺も付き合うわ。唇が敏感なヤラシイお前はキスが大好きなはずなのに意味ワカンネ、とかも思うだけにしよ。ショーゴは俺のコイビトだから優しくしてやんの」
「いや優しくって、っ」
「そ。優しいだろ? お前のオネダリ通りちゃんと思ったことも口に出してるし」
「しかしあの、ここは店の中で、他の人の耳もあるからなっ? というか言っちゃなんだがなぜこの店に……っ」
「? あー、うん?」
内心でヒィヒィと悲鳴をあげ、慌てて周囲に視線を振る。
誰かに聞かれているような気配は感じないが聞かれていないのか気にしていないのかわからない。わからないが──
「お前SM嬉しいマゾじゃん? ここ楽しいだろうな〜って優しさ。あ、天井にフックいっぱいぶら下がってんの見える? 頼めば荒縄貸してくれっからあそこでパートナー吊ってスパンキングラケットでケツしばくのがここらの王道デートなんよ。犬でも豚でも椅子でも好きなの選べば。俺はどの演目もオールマイティ慣れてっから」
「ッ……!?」
「っていつでもできんのに、しねーよ。バチクソ優しくね?」
目の前で笑う咲がちっとも気にしていなくて、むしろ優しさ満点の行動だと思っていることはわかった。
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