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11(side翔瑚)

 ……うん。趣味は人それぞれだ。ここはSMバーなのでなんらおかしくない。俺がとやかく言うほうがおかしい。  普段は非難される咲の気まぐれを大歓迎する人がいる空間だと理解した俺は、日々鍛え上げた社会人スマイルで「そうでしたか。ありがとうございます」と頷いた。 「そいやケコ、なんの用?」  俺から体を離してケコに向き直った咲がニンマリと笑みを浮かべて首を傾げると、ケコはニヘラ〜っと笑って咲の腕に絡みつく。  ……ちょっと近い、くらいならまだ全然我慢できるぞ。 「あのね咲ちゃん、これからショータイムなんだけど演者で参加しない? 今日のマゾ役新人スタッフちゃんなのよね~。今はまだだけどうち深夜帯のショーは過激なのするし、序盤で咲ちゃん相手にしちゃったほうが自分のボーダーライン見極められるでしょ?」 「あ〜もうそんな時間かぁ」 「…………」  でもそれは結構、いやなかなか、我慢できないかもしれない。  部外者なので黙って聞いていたものの持ちかけられた話が予想外なもので、俺は内心で苦い虫を咀嚼した。  ケコの話によると、毎日決まった時間に開催するショーは客も自由に参加することができるらしい。  どの時間も店のサドスタッフとマゾスタッフが絡むサービスプレイが基本。  もちろん本番はなしだ。  店内でそういうことをしたい時は、個室ブースか衝立の向こう側で配慮して行う。  しかしこういう店なので見たり見られたり見せつけられたりという行為に興奮する客は多く、ショーに立つなら見栄えのするプレイが必須である。  夜が更けるともっぱら客参加型が多いが、やはり人気のある客は見せ方が上手い。  で、咲はそのショーの経験があった。  体験してみないかと誘われて頷いたのがきっかけで、初めから全く緊張も躊躇もせず行きずりのマゾをイジメ抜いて泣かせた咲を、オーナーが気に入ったのだとか。  以来、不定期に呼ばれ気が向けば誰相手でもショーをしているそうだ。 「ねっ? いいでしょ~?」 「つか毎回言ってるけど俺サドじゃないんだよなぁ……マゾの気持ちなんかコレっぽっちもわっかんねぇでしたいことしてるだけだし。萎えるとおもーよ? いい加減クレーム来ても知らねーから」 「そりゃあソフトにとっちゃ鬼畜過ぎるからねぇ。でもメンタルへし折って下等生物扱いされたいマゾは咲ちゃんの腐れクズっぷりがドツボなのよ……!」 「意味わかんね。ケコって恥の知らねぇオネダリしてくんよな。クソザコふにゃチンハート? だっけ。勝手に折れときゃいーじゃん。俺面倒見ねーし」 「あっそれもう一声」 「? なにが? 折るんじゃ足んねーとかメンタル不能にしてほしーの?」 「それぇ〜……っ!」 「えー……? ちょっとマジでなんなん。なにがヒットしてんだろ。うぜーなぁ……」  軽いテンポで話す咲とケコ。  今夜のケコの提案にも慣れているようで、咲は特に動じず話している。  それを知っているスタッフには人気もそれなりにあるのか、ケコは期待に胸を躍らせた声で咲にオネダリした。  だけど俺は話を聞くにつれて、咲がこれを断ってくれないかな、と思ってしまう。  咲は話に頷くのだろうか。  なら俺は咲が俺の知る蛇月や他のセフレたちではなく、咲を愛してもいない知らない人を悦ばせている姿を見ることになる。  一般的に考えて、ここにいる俺は恋人なのだから咲は頷かないはずだ。  俺がセフレであれば断ってほしいと願う権利はないが、今の咲は俺の好意を受けいれて俺と付き合っている合意の恋人。  ……俺が咲を愛しているという愛情を大切に思ってくれるなら、やめてもらえるかもしれない。  ゴク、と唾を飲んだ。  手が震える。どうしようか、覚悟を決めるために視線が下がる。  俺の目の前で他の男を感じさせる様を大勢に見せつける、ということが不貞行為に当たるということをわかってもらいたい。

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