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12(side翔瑚)

「……さき」 「ん?」  咲になにかをやめろ、と強いたことがほとんど経験にない俺は、意を決してほんの小さな声で咲を呼んだ。  すると咲はその微かな声を聞き逃さず、すぐにケコから視線を外して俺を見つめ、キヨトリと首を傾げる。 「どしたの、ショーゴちゃん」  俺がいることを忘れていない咲の反応に、胸がじんわりと熱くなった。  綺麗な瞳だ。色素が薄い咲の瞳は虹彩の模様がよく見える。  キュ、と咲のネイビーのコートを握り、元来の臆病が舞い戻ったかのように覇気のない声を出す。 「俺は咲の、恋人だな……」 「そーね」 「咲、好きだ」 「ん~……俺も好き。ショーゴ」 「あ……なら、その……咲が舞台に上がるのは、嫌だからやめてくれないか……?」 「いーよ」 「えっ?」  咲が驚くほどあっさりと頷いたから、俺は間抜けな声を上げて目を丸くした。  だってあの咲が、俺が強いるオネダリを笑って受け入れたのだ。  咲が「ふっ、そんな驚くかね?」と笑い俺の驚きをジョークと受け取ったが、俺は本気だ。心のどこかで絶対拒否されるかなんでだと問い詰められると思っていた。 「い、いい、のか?」 「いーよ。つかお前がやならそれはやんねーって言ってんじゃん日本語わかれ? 恋人で、好きだから、俺はなによりショーゴを優先する。──ってことでケコ、不参加」 「え~ッ!?」  俺から視線を外した咲は、ニッコリ笑ってズバッと不参加を突きつけた。 「じゃあね、恋人くんと参加でもいいわよ! 咲ちゃんは華があるからショーに出てもらえると映えるの! てか恋人くんもイケメンでスタイルいいしむしろどう? たまにはこういうのもスパイスになって盛り上がるわよ〜?」 「だぁからケコは鳥頭過ぎんだわ。ショーゴは俺が舞台に上がることがやなの。そーゆールール。俺はこれを遵守しまーす」 「やだもーベタ惚れじゃない珍しい!」  キィー! とケコが残念そうな悲鳴をあげて食い下がっても取り付く島がない。  そんな二人を見ながら、俺は恥ずかしながら感動を噛み締めていた。  俺が咲の行動や言動を制限する権利なんてなかったんだぞ? それをこんな……好意があるという点で対等になると、こういうワガママなオネダリも叶えてもらえるのか。  ……これはかなり、嬉しいな。 「ん〜っそれじゃもし恋人くんだけ参加するなら咲ちゃん的にアリ? ルールに抵触しないし。こっちは舞台が映えればまぁよし!」 「あぁ、それは確かにアリだわ」 「えっ?」 「うそぉっ!?」  瞬間、幸福を噛み締めていた俺の心は、冷水をうち掛けられたように肝ごと頭まで冷えてしまった。  冗談のつもりで言ったらしいケコまで驚きの声を上げるようなことなのに、言った本人はあっけらかんとしている。  だって、そんな。  咲がアリだとあっさり納得したケコの提案は、俺が今夜のステージに立つこと。  それはつまり、俺が誰かをいたぶるかいたぶられるか、どちらにせよそういう行為に興奮する人間たちの目の前で見世物になるということなのだ。なのにアリだ、と。 「っ……咲、俺は咲を置いてそんなことしない」 「うん? なんで?」  咲のコートを掴む手に力を込める。  手の震えがコートを伝った。早く、いつもの悪い冗談だと言ってほしい。  けれど咲はなにも問題ないのになぜそんなことを言うのかと不思議そうに俺を見つめて、薄ら笑いを浮かべたまま。 「やりたかったらしていーよ。俺は酒飲んで待ってるし。ショーゴの好きにしな」 「なぜ? 俺が他の男にいたぶられて悦んでいる姿を見ながら酒を飲んでいて、咲は嫌じゃないのか?」 「え、嫌じゃねえけど。ショーゴが悦んでるんだからいいことじゃん。ショーゴがいいなら俺はいいから」 「…………ショーには、出ない」  少し黙り込んで、握りしめたコートの裾をスルリと離した。  咲はあからさまに声のトーンを落とし大人しくなった俺を叱るでも問い詰めるでもなく、首を傾げて、俯く頭をトンとなでる。 「ショーゴが嫌なら出なくていい」  視線だけを上げると、濁ったままの双眸がこちらを無垢に眺めていた。  もう、限界だ。  これ以上、この瞳の前でこの不毛な問答を繰り広げる余裕がない。

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