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30(side翔瑚)
◇ ◇ ◇
「ん……」
懐かしい夢を見ていた気がする。
ブルリと身震いして目を開けると、夢の中よりも成長した咲の寝顔があった。
ふ、相変わらずかわいい寝方だな。
少し笑う。咲には布団から手足が出ないように縮こまって首を曲げ、本物の猫のように丸くなって眠る癖がある。
柔らかいプラチナブロンドをなでると、微かにまつ毛が震えて、濁った瞳が現れた。
「……あー……? ショーゴ……」
「まだ夜明け前だ」
「ひでー声……」
口を開いて初めて気がつく。
散々に鳴かされたせいで、元々低めの声が風邪を引いたように嗄れた声になっていた。確かに酷い声だ。
水を飲むために起き上がる気力はなかったので、んん、と喉を慣らす。
効果はイマイチ。
「……雪だ」
ふと咲の向こう側に、雪がチラついたことに気がついた。
十二月の寒空から、綿毛のような白が舞っている。咲は興味がないようで返事をせず、下着姿のまま俺の身体に手足を絡みつかせた。
滑らかな肌に抱き寄せられると、胸がぎゅうと締めつけられる。
甘く抱かれた記憶は、俺を桃色の思考回路へ誘う。
「咲」
「んー……?」
「クリスマスイブは仕事なんだが……夜、少しいいレストランへ食事にでも行かないか?」
「いーよ」
トクン、と歓喜が脈打った。
悩む素振りもなく頷かれると、たまらない。
恋人と過ごすクリスマスイブなんて、俺にとっては初めてのことだ。
地味で根暗な頃は共に過ごす人がいないのだと思われ、世間の色は俺を除け者に進んでいた。
成長してからは硬派で仕事好きだと評価されているが、どちらも薄皮一枚ぶんの予想に過ぎない。
「はは、夢みたいだ……クリスマスイブに咲と、好きな人といられる……」
本当のことはいつだって、なんの変哲もない普通の願いだった。
夜景を眺めるクリスマスディナーというものも、寒い中で手を繋いで歩くデートも、街路樹を巻きとるキラキラのイルミネーションも、ささやかな憧れ。
三十近い男だろうがプロジェクトリーダーなんて任されていようが、脳内の花畑は少女漫画のヒロインと同じである。
俺のつぶやきに、咲は乙女シュミだと笑っていた。
曰く、咲が関係を持っている固定の人の中で俺が一番夢見がちらしい。
そうだろうか。自覚はない。泣き虫だという自覚はあるけれど。
「俺は女っぽいのか?」
「んーや、感情派ってこった」
「……いやか?」
「くく、好き。お前が一番それの温度が高い」
「よ、かった」
喉を鳴らしたストレートな好意に、頬が赤くなって顔を伏せる。
くそう、こんなに幸せでどうしようというほどの気分だ。
収まりがつかずに咲の体に額を擦りつけると、子犬を甘やかすように頭をなでられ、髪にふわりとキスをされる。
眠りの浅い咲は二度寝ができないのか、そのまま俺の髪を指先で弄ぶ。
その指先が、なんだか少し細くなっている気がした。
抱き合っていた時に感じた違和感は、これだったのかもしれない。まぁもともと骨っぽいが長くて綺麗な指だから、大した差はないと思うが。
片腕を回して、咲の腰に巻きつける。
触れた背にはいつの間にか俺が刻んだ浅い爪痕がいくつか残っていた。
静かになった部屋の中で、肌越しに咲の心音が聞こえる。トク、トク、と控えめでローテンポな脈動が咲っぽい。
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