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31(side翔瑚)

「ショーゴ」 「ん……?」 「……ショーゴ」 「うん……」 「ショーゴ、ショーゴ」 「ん、どうした?」  甘い空間でまどろむと、どうしてか急に咲が何度となく俺を呼んだ。  少し顔を上げて尋ねる。  咲の言葉ならなんでも聞こう。  そう思って身構えるが、咲はいつもと変わらない薄い笑みを浮かべて首を傾げた。 「わかんない」  名前以外なにを口にすればいいのかがわからないのだ、と笑う咲。  弱った。咲がわからないことが俺にわかるわけがない。  その間も咲は俺の名前を繰り返す。笑っているので悲しそうでも怒ってもいないと思う。俺もわかりたいのだが。 「ショーゴ」 「ん、ん……咲野」 「お」 「咲野、咲野」 「は、ぁ、い?」 「ダメだ。理由がわかるかと思って俺も呼んでみたが、わからないな……」 「くく、なーる。俺もわかんね。ショーゴ、ショーゴ」 「困ったな、……咲野」 「なんでちょい赤くなったし」 「て、照れた」 「照れんな?」  苦肉の策で自分も呼んでみたが結局わからず恥ずかしくなり、俯くのをやめろと咲につつかれるだけになった。  チェックアウトまでまだ時間のある早朝のラブホテルで、成人男性二人がなにをしているのやら。  素足を絡めて名前を呼び合う。  なのに俺はそれが変に楽しくて、穏やかな時間に身を任せる。  だからこそ、だ。 「なにを言えばいいのか検討つかないけどさ……ショーゴが返事をすると、心臓の奥のあたりで流動体のなにかが急くんだよな」  咲がそう言っていたことを、もっときちんと聞いておくべきだったと、あとで深く後悔することになった。   ◇ ◇ ◇  クリスマス・イブ当日。  プカプカに浮かれていた俺は、まさか昼頃に仕事でトラブルが発生して帰宅時間の目処がつかなくなるとは思わなかった。  取引内容のデータが一部破損したのだ。  それほど大きなものではなかったものの携わったチーム総出で復旧作業を行うため、予定時間には間に合わない。  トラブルが発覚した時、俺はすぐに咲へ連絡した。  ずっと楽しみにしていたのに。  俺の落胆は深いもので、謝る声にもそれが出ていたと思う。 『うん。仕事ならしかたないんじゃね? いーよ。俺は全然ダイジョーブ』  けれど説明を聞いた咲は特に残念がる様子もなく、あっさりと頷いた。 (たぶん気を使ってくれたんだろうな……)  ふぅ、とため息を吐く。  時刻はすっかり定時を回った夜の九時。  メンバーはみんな先に帰った。俺はそれを見届けてから帰り支度を始めたわけだ。  窓の外は都会のネオンが輝いている。  その中には街路樹のイルミネーションも含まれていた。大通りに面した本社から足元を覗けば、すぐに目に入るだろう。  カタカタとキーボードを打ち込み締め作業をしながら、にじり寄る空腹感に肩を丸めた。  本当なら俺は今頃予約していたホテルのレストランでディナーをしたあと、屋上のクラブラウンジから夜景を見て、咲と二人でクリスマスケーキを食べるはずだったんだ。  期待が大きかったぶん、気持ちのギャップも大きかった。  そして気遣いとはいえ、咲があまり気にしていない様子だったことも……少し、寂しく思う。少しだけな。

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