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06
外したシルバーピアスを片手で弄び、未だに夢の中にいるキョースケににじり寄る。もともとつけていたピアスはこのプレゼントの二、三倍は金のかかるもの。
いつの日か右耳に針を突き刺して穴をあけてやったから、いびつなそれの名残がある耳に俺がつけていたものをはめる。
「あは。似合わねー」
一笑した。気分は悪くない。
あげるよ、それ。要らなきゃ質に流せばいい。箱なしでも多少の値はつく。
狭いユニットバスに向かうと、一瞬で鳥肌が立つような寒さがあった。
実際はわからない。鳥肌が立っているから寒いと思う。感覚的にはあんまり。
シャワーを浴びた。
中身がヘドロをたくわえているのでせめて体を綺麗にして顔や歯を洗い、それらしく身支度を整える。
鏡の前に立って首を傾げる。
キョースケ、俺にいっぱいキスマつけてやんの。ちゅーちゅー吸ってきてんなって思ってたけど遊んでたわけね。はは。
服を着て冷蔵庫を開けた。
メモのとおり、おにぎりが二つと茶碗蒸しが入っている。
正直微塵も腹は減っていない。
茶碗蒸しの入った湯呑みだけを取り出し、シンクにもたれかかって立ち食いする。
キョースケの茶碗蒸しはいつも具なしだ。銀杏やらエビやら三つ葉やら、買っておくほど食事に金をかけるやつじゃないからだろう。
だけどなんか、料亭で食う茶碗蒸しよりうまい気がするんだよね。
なんでだろ。ちょっと濃いめの出汁が利いてる。普通より柔らかい。ただそれだけだけど。
「あ。一個食べれてんじゃん」
食欲はなかったはずなのに、いつの間にか手の中の湯呑みは空になっていた。不思議な現象だ。
首をひねりつつもキョースケの用意した薬を飲む。
それが終われば、財布から適当に札を抜いてキッチンに置いてから玄関へ。
「メリークリスマス」
バタン、とドアが閉まった。
それから人の少ない薄ら白い道をそれなりに歩き、ゴミ箱同然のマンションの入り口が見えてきた頃だ。
昨晩もマンションの前に停められていたベントレーが全く同じ場所に停まっていたので、自然と立ち止まる。
昨日。ショーゴに呼ばれて降りた時、これの持ち主は電信柱のように棒立ちになったまま寒空の下で頬と鼻を赤く染めていた。
俺はそれを見てなにも声をかけずに、無反応のまま通り過ぎた。
だって俺の恋人はショーゴだったから。
一人だけを相手にしなきゃなんないんだろ? フツーってやつはさ。
ショーゴ以外を断ってよそ見なんかしない。ショーゴだけを特別にする。特別ってのは最優先して他を蔑ろにするってこと。
だから電信柱──アヤヒサが思わずといったふうに一歩足を踏み出して俺の背に手を伸ばす気配を感じても、当然のように無視したのだ。
アヤヒサの手は俺の背に触れることなく、足は追いかけてくることもなかった。
もう解放したのに俺の命令を無視して勝手に会いに来るなんて、悪いロボ。なのにまだここにいる。
二度も反逆するのは初めてだ。
俺にとっては、どうでもいいことだけど。
まぁ……しいて不思議なことがあるとすれば、アヤヒサと無関係になったのはずいぶん前のような気がするのに、いっこうに俺の記憶からアヤヒサの存在が消えていないこと。
変なの。
いっつもすぐ薄れてってんのに。
止まった足をのたのた進める。
本当に、変なの。ショーゴが俺を捨ててまっとうになろうと足掻いた時も、ジワジワと忘れていったはずだ。
それが今は、アヤヒサも、そしてショーゴも、記憶の中から残像が消えない。
これじゃ処理しきれずに頭がもげてもおかしくないと思う。
薄く雪の積もったベントレーの運転席を覗き込むと、昨晩と同じ格好のアヤヒサが無機質な寝顔を晒していた。
コンコン、と窓を叩いてみる。
たったそれだけですぐにまぶたを開くのだから、やっぱりこいつは本物のロボットなのかもしれない。
「っさ、き」
慌ててウィンドウを下げたアヤヒサは、身を乗り出さん勢いで枯れた声を出した。
ありゃりゃ。誰よりも大人なくせに情けない顔しちゃって。夢見でも悪かったの? カワイソウに。
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