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14(side蛇月)
それから数日が経った。
俺のお粗末な頭の中には、あのカミサマの情報がずっしりと詰め込まれていた。
──息吹 咲野 。
俺のひとつ先輩で、良くも悪くも学校イチの有名人。またの名を問題児である。
咲は容姿、家柄、頭脳、身体能力から発育まで頭一つ飛び抜けたパーフェクトな人間でありながら、それら全てをまるで発揮しない変わった人だ。
テストは赤点ギリギリだったりオール満点だったりで、体育もただ立っているだけかと思えば突然ゴールを奪いホームランを打つ。
授業だって最低限の単位を取ればあとはサボりっぱなしの自由人。
あまり学校を休むことはないそうだが、来る意味もほとんどなかった。
そのくせ学校中に知り合いがいて交友関係に垣根がない。
誰が相手でも旧知の仲であるかのようにスルリと懐へ入り込む。神出鬼没の人タラシ。敵も同じだけいたけれど。
あとはそう、噂話が多い。
その一つがこれだ。
〝息吹咲野に惹かれない人間はいない〟
馬鹿げた都市伝説。
大人ぶりたい中学生たちには特に笑われそうなつまらない噂話である。
ただ──言い方を変えれば、どことなく納得がいく気がした。
「〝息吹咲野に好かれたくない人間はいない〟……あぁ、うん、しっくり」
ゴロリとロフトベッドで横になる。
天井を見つめてニヒヒと笑った。虚空に咲の顔が見えた気がしたからだ。
「俺を好きになればいいのに……」
気がしただけでただの虚空を、腕を伸ばしてぎゅっと握り込む。
「あの人に好かれるには、どうすればいいかな?」
どんな自分になればいいか。
それを考えるのは、今でもそう感じるくらい、全身がワクワク震えた。
◇ ◇ ◇
「──だから興味なくて、テストの点数はダメダメ。次にダメなら、また叱られる……えーびーしーでぃーは、言えるんだぜ。俺、音楽は覚えられんの。リズムもブレない。音階で聞こえるから。教室の中でね、一番俺が、いろんな楽器できる。覚えるのも、一番早いんだ。歌も、一番うまい、ぜ」
「へぇ。なんかオトクなカンジ」
屋上にて、秘密の昼寝タイム。
ひと月経った今日も、咲に膝枕をしながらお昼寝前に取り留めのない会話を楽しむ。一日限りの夢なんかじゃないのだ。
単純な俺はバカな切り口と内容の話でも気にせずちゃんと会話が成り立つ咲にすっかり懐いて、ペラペラとよく話した。
ほとんどは自分の話だ。
しかもオチがない矢継ぎ早の雑談。
質問したり話題を拾ったり咲のターンを作ることもなく、一方的に自分の話ばかり独り言のように語る。
普通、自分の話ばかりする人の相手というのは、めんどうくさいしつまらないと思う。
でも咲はそういうところを一切気にしない。相槌は打つが忌憚なくあけすけに感想を言ったり笑ったりバカにしたりするだけで、俺がどもってばかりでもバカでも相手にしないことはなかった。
だから余計に、咲は俺の神様になった。
神様だから他人には言えないこともなんでも言えるし、迷える子羊の一匹な俺が澱みなく信仰してさえいれば進むべき道を示してくれる。
なんでもないように、ポンと。
「ほら、テスト範囲で歌作ったらいい点取れんじゃん。趣味と実益」
「っえ? ぜ、んぶ?」
「そ。だって次赤点取ったら困るんだろ? じゃあ年表も公式も古文も出そうなとこぜーんぶ歌詞に入れて丸暗記すんのが一番ラクじゃね」
夢と現実の狭間に揺れるぼんやりとした声でむにゃむにゃとそう言う神様に、俺はぎょっと目を丸くして狼狽えた。
全部? 全教科?
たった一週間でたくさんの教科をテストするのに、それ全部の歌を作るの?
い、いやだ、そんなのむつかしい。
曲は使い回しの替え歌としても何種類も歌詞を考えてリズムに当てはめるだけでも大変だ。そもそも俺には抜き出す重要ポイントがわかんないし、まずこんな変なやり方でうまくいきっこない。せめて一教科とか。
「全部って、その、全教科……?」
「え? 逆に一教科でイケんだ」
「あ……だめ、だ。俺、赤点全部、だなぁ。作ってみよー、かな」
「お、ガンバ」
「うん、がんば、る」
頭は全力で不安と忌避に満ちていたが、咲がそう言うから、俺は結局にへぁと変な愛想笑いをして頷いた。
でも頷いたところで気は晴れない。
全教科のテスト。曲は誰かの使って、そんで歌詞にするとこ厳選しないとだから、授業ちゃんと聞かなきゃだし、ノート、教科書見て、うぅ、ノートちゃんととってねぇかも。
咲が言うからやろうとしてみるものの、胸の中には絶対に無理だ、そんなにうまくいくならみんなやってる、嫌だ、とごねる否定的な自分も確かにいる。
聞かなきゃ良かった。
あんまりな無茶ぶりだ。言われたらやらなきゃいけなくなったじゃないか。
ぐるぐるぐるぐる。
必死になって考える。
「なに、やりたくねぇの? タツキ」
「っ……」
「やりたくねぇならやんなきゃいーよ」
すると咲は黙りこくった俺の頭に手を回して、俺の頭を引き寄せた。
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