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「──……聞こえただろ? いや、ずっと聞こえてただろ」  咲野が廊下へ行って、バタン、とドアが閉まったあと。  春木はポケットに入れていたスマホを見つめて、小さな声で発破をかける。  画面は〝グループ通話中〟。  しかしスマホは無言のままだ。呆れてため息を吐いた。  半端に恋心を自覚し、知られて、咲野の体温を知った男たちはいちいち厄介すぎる。彼らはすべからく、一度得た咲野の温度を忘れられないと怯えてしまう。  だからさっさと覚悟を決めて一切を断っておけばよかったものを。  春木はそうして余裕ぶれた。  友達関係には〝付き合う〟〝別れる〟という手続きがいらない。  惚れた弱みとは実に哀れだ。  最も頭のネジがバカになっていて、最も顔色を変えない鉄仮面な理久ですら、顔を合わせる度胸がなかった。  なら、この電波の向こう側の男たちには、顔を合わせるどころかついて行く度胸すらあるはずがない。  ──咲野がいなくなってしばらく経った頃、異常に気がついた春木は、すぐに心当たりのある四人全員から話を聞いた。  大きな原因となった男は論外だ。  咲野を恋しがって泣くばかり。それでも会いに行く権利がないと、自分を律して酷い顔をしていた。 「会いたいって、寂しがってただろ」  咲野をかくまっただけの男は、優しすぎる。察しも良すぎた。  離れることを選んだ咲野の幸せがこれなら受け入れると、笑って爪が食い込むほど手のひらを握り締めていた。 「一人で崩壊するのは、幸せじゃねぇ」  弱みを見せてしまった男は、後悔と葛藤で動けない。  会うと殺してくれと言われるかもしれない。そう思い込み、秘密裏に芸能活動を停止して閉じこもっていた。 「万が一にもあとを追われたくないって。生きて、笑ってほしかったらしい」  だから忘れてほしがった。  無言のスマホへ語り掛ける。  返事はないが、誰一人通話を切らないのだから聞こえているのだろう。 「アイツの暴論。最低なオネダリ。五人ともと付き合いてぇとか、世の中の常識で考えるとイカレてるし、五人平等に最高まで愛してんのかって信じらんねぇだろうよ。そう思われるってわかってたから、アイツも一人で考えて、パパ以来の恋心ってのを自覚したのに、この掃きだめの部屋から出なかった」  少し息を吸い、少し吐く。  過去になにかがあろうとも、普通の範疇で生きてきた彼らにとっては『そんな愛があるものか』と信じがたいはずだ。  そう思われることを理解している咲野を思うと、自分の吐く息が重くなる。 「……咲は、自分を愛してほしいって願う世の中の人間とは、ちょっとだけ違うように生まれちまって……ああして心を手作りした今も、そのままなんだよ」  普通じゃないということは、普通になりたい者にとって、少し辛い。  そして、普通じゃないことがわかっているのに、その目指すべき普通がどこなのかわからないことは、最も辛い。  スカスカの風穴が空いた胸にせっせと作った砂の心を詰めて、誇らしげに人のフリをするハリボテの姿は……寂しい。  それが息吹咲野という男だ。

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