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「咲の願いは〝自分の愛しい人に自分を一番最優先で愛してもらって相思相愛の二人で幸せになりたい〟じゃなくて〝自分の愛しい人が幸せに生きていて、できれば自分の愛を不必要と思わないでいてくれて、更にできれば、そんな自分をそばに置いてほしい〟ってこの順番。たぶん……」
「だから仮に俺やお前らが咲じゃない人を愛して、抱いて抱かれたとしても、咲はなんとも思わないんだ。嫉妬や独占欲や愛着がないわけじゃなくて、優先順位が低すぎるだけ。アイツは心底自分に興味がない。アイツの生まれた理由は父親の腐った愛だった。おかげでアイツは誰かを愛したがるばかりで、自分をちっとも愛さない。愛せない」
「まるでお前らがどうでもいいみたいな態度で、どうでもいいのは自分の感情」
「疑うなら、好きにキレて泣きついて責めて弄んでみろよ。どうせアイツはなにしたって笑ってるぜ。放置にも無関心にも愛しい人の一番じゃないことにも、慣れっこなんだよ」
「……意味、わかるか?」
「わかんねぇならいくらでも俺が翻訳してやるから、理解できなくても、把握しろ」
春木はことさら、丁寧に語った。
一言一言の言葉をゆっくり、はっきり紡いで、世界とズレたことのない人間にも意味がわかるよう教授する。
咲野の行動を辿り知った時……彼らとは逆に、春木は「そんなに感情的になってたのかよ」とかなり驚いた。
父の呪縛から放棄された咲野が、まさか五人も誰かを大切に思っていただなんて。
おかげで咲野は五倍苦しんだが、春木にするとずいぶんな進歩だ。
奇跡に等しい感情の芽生えだった。
恋人 の苦痛を喜ぶなんて、自分はなんて酷い男だとほくそ笑む。
「まぁ……〝自分だけを愛してほしい〟ってのが、たぶん常識で、普通の愛し方だ。ちょっと頭が咲でバグった俺や忠谷池が納得しても、お前らにそうしろってのは無理だろ。だから……」
静かに息を吸う。
ゆっくり吐いて、瞬きを一つ。
「抜けるなら、今。絶対に今抜けろ。アイツを一度受け入れたら、絶対に捨てるな。背を向けるな。その覚悟ができねぇビビリ野郎は、いらない」
排除するような言い方をした。わざとだ。
次に捨てられたなら本当に修復不可能になるだろう。危うい咲野を傷つける可能性がある芽なら今のうちに根ごと除く。
いくら咲野の愛する相手でも、春木の愛する相手は咲野だけなのだから。
「自分で決めろ。そして……決めたやつだけ、ゴミ箱に来いよ」
そう言って春木は、トン、と一方的に通話を終わらせた。画面が黒くなったスマホを一瞥してポケットにしまう。
ちょうどその時、話がまとまったのかドアの向こうから咲野の声が聞こえる。
「はぁ……右手が空いてる。ハル、ハル? ハル。ハルが来ないとどこにもいけねーの。置いてなんか行かねーよ。ハル、お迎えに行くのは嫌? それとも俺の右手は嫌? 嫌なら別にいいけどね。俺は一人でもどこでも行けるし、ハルが嫌なら笑ってご遠慮する気概もあるわけでさ。だけどほら、右手が空いてる。アヤヒサ、どうしよ」
「大丈夫。私と両手を繋ごう。野山なんていなくても問題ないだろう?」
そして──腹の立つ代替え案を淡々と進言する鉄仮面男の声も、だ。
「チッ。あのクソロボ……浮かれあがって調子乗ってんじゃねぇぞオラァ……ッ」
盛大に舌を打った春木は目端を吊り上げて、愛しの咲野の右手を確保すべく、部屋の外へと大股で歩き出した。
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