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◇ ◇ ◇
高校へ進学するとともに大人たちから与えられたマンション。
ここは俺にとって、様々な意味を持つ。
別の見方をするとなにも意味はないということでもあるけれど、それはきっと俺のひねくれた部分が、まっすぐにこの部屋を捉えた結果なんだろう。
俺はここを、ゴミ箱だと称している。
初めに与えられた時は『二軍降格』『視界に入るな』という暗黙の命令。
高校を卒業し大学生になってからは『戦力外通告』『とりあえずの倉庫』だ。
今はたぶん『世間体証明書』。
実家にとって俺はもう縁を切った赤の他人だが便宜上は子どもなので捨てると見栄えが悪いし、万が一野垂れ死んでお節介焼きたちに妙な探りを入れられると面倒である。
だから住処と食うに困らない金を与えて、一切関わらないよう命じておく。
生殺しが一番都合がいい。
普通は、まあわかんないけど……普通は、そんなことを親にされると怒るか悲しむか虚無るか、なんかするらしいんだけどね。
俺はそういうことに疑問を抱かない、特になんとも思わずに従うような世界で生きていたから、それについてはなんとも思っていなかったりする。
だって、怒りと悲しみは、まだリアルには理解できねーもん。
キチンと実感して理解できているのは〝寂しい〟〝会いたい〟〝怖い〟〝愛しい〟〝安心する〟〝信頼できる〟。
あとの感度は弱ったままだ。
だからなんでもないゴミ箱に三か月ぶりに帰ってきたって、あれこれと理由をつけて避けたりせず、ずいぶんあっさりと到着することができた。
むしろ手がふさがって気分いーよ。
ゆらゆらと機嫌よく繋いだ両手を揺らし、無駄に長い廊下を歩く。
「どこに行けば会えんのかな。みんな自分ちにいればいいけど。今日って何曜日?」
「さてね。会えるかどうかは行けばわかるぜ。ちな、今日は金曜日」
「ありゃ。ゴミの日じゃん」
「咲のカレンダーにゴミの日はないのだろう? 野山がご丁寧に丸ごと一年切り取ったのだとか。今日はただの金曜日さ」
「そ?」
一言話すと、両サイドからいちいち顔を覗き込まれて返事をされた。
ハルとアヤヒサって、ほとんど同時に知り合ったんだよね。
だからかわかんないけど面識はある。
仲は良くないが、別に悪くもない。
気は合うんだよ。めちゃくちゃ。
でも二人とも排他的なところがある。似たもの同士、同族嫌悪ってやつらしい。
「んで知ってんだよ、盗聴野郎……」
「私の知らない盗聴器が三つ出てきたのだが、持ち主に返そうか」
「なぁそれ素でその態度なわけ? それともテメェの隠しカメラの接続、俺のパソコンに追加したことまだ根に持ってんのか? あぁ?」
「どちらも正解だが?」
「マジでいけすかねぇ」
ステレオ配信される小競り合い。
ほらな。仲いいでしょ?
仲良きことはいいことなり。右手と左手の意見が食い違うと困るからさ。
ハルもアヤヒサも俺の恋人になったけれどここ二人は恋人同士じゃないので、喧嘩しないならそのほうがいい。
カツン、と踵を鳴らす。
部屋の前に到着した。鍵はかけて出ていないから問題ないが、部屋には入れない。
ノブを回さないとドアが開かないのに、俺の手は二つしかないから困るぜ。
自分から手を離す選択肢はなかった。
だって離したら消えちゃうかも。そしたら寂しい。夢ばっかり見飽きた。
「な、これって蹴ったら開くかしら。両手ふさがってるからドア開けらんない」
「左手を離せばいんじゃね」
「右手を離せばいい。と、言いたいが……咲を困らせることは趣味じゃない。私が開けよう。あなたのために」
困り果てると、気が利くアヤヒサがノブを回して、ドアを開いてくれた。
ガチャ、と大きく開くドア。
真っ暗な玄関が口を開けて、俺を食い殺そうとしている気がする。
「…………」
靴を脱いで、中に入る。
残念なことにその過程で二人ともが俺の手を離してしまったけれど、二人は俺の少し後ろを俺と同じように歩いてついて来てくれたから、うずくまらずに済んだ。
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